クールでウブな上司の襲い方 《 第一章 11

 『くまっぷまんのドキドキ大冒険、くまの王国編』を楽しく鑑賞したあとはディナーを食べに行った。
 レストランは予約してあったようで、混み合う時間にもかかわらずすんなりと席につくことができた。
 古民家風の店構えだったのではじめは和食かと思ったが、イタリアンだった。
 黒と白の正方形の畳の上に低めのテーブルと椅子が配してある。和モダンといった雰囲気だ。

(ああ、夢みたい……)

 優樹菜はコツンとワイングラスを合わせて乾杯しながらうっとりと柏村を見つめていた。

(おっと、いけない。いくらなんでも見過ぎよね)

 視覚的にもそうだが夢も見過ぎだ。向かい合って乾杯したくらいで恋人同士にでもなった気分でいたのだ。

(まだまだこれからなんだから……。しっかりアプローチしなくちゃ)

 気合いを入れるものの、すぐにそれどころではなくなる。運ばれてくる料理がとても美味しいからだ。舌つづみを打って食べ進める。

「きみは俺が思っていたよりも格段に働き者だった。さあ、どんどん飲め。働き者には存分に酒をあおる権利がある」

 酔いがまわっているのか、柏村はいつになく饒舌に優樹菜に話しかけて酒を勧めた。彼の頬はほんのりと赤い。

「ありがとうございます。では遠慮なく」

 ふだんなら多少は遠慮するところなのだが、優樹菜もまた酔って上機嫌だった。
 言われるまま、笑顔でぐいっとワインをあおった。


 帰宅したのは夜の9時すぎだった。
 優樹菜は酔いさましにと緑茶を淹れた。ちゃぶ台の前に座ってふたりでズズッと熱い茶をすする。

「主任、今日はなにからなにまで本当にありがとうございました。あの、本当によろしいんですか?」

 映画のチケット代もそうだったが、電車代からディナーにいたるまですべて彼の財布のお世話になってしまった。
 せめて帰りの電車代くらいはと思ったのだが断られてしまい――。

「気にするな。……楽しかった」
「……っ」

 楽しかった、と言われただけでも嬉しかった。それなのに、頬を赤くして微笑されてはたまらない。気分がさらに高揚してしまう。
 優樹菜は彼の笑顔を初めて目にした。
 優しげに細められた目は潤んでいる。酔っているからだろう。弧を描いた唇は美しく、すぐにでもそこを覆ってしまいたくなった。
 このときの優樹菜はどうかしていた。だから、口走ってしまったのだと思う。

「――いっしょにお風呂でもどうですか? お背中お流ししますよ」
「……は?」

 ほのぼのとした場の空気がいっきに凍りつく。

(あ……しまった)

 明らかに失言だ。柏村の顔はいつもの仏頂面に戻っている。

「はは……。すみません、冗談です。お風呂場の準備をしてきますね」

 貼り付けた笑顔のままそそくさと立ち上がる。

(そう上手くはいかないか……)

 優樹菜はトホホとうなだれて肩を落とし、ひとりさみしく浴室へ向かったのだった。

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