オフィスでの彼女の印象は『派手』だった。茶色の長い髪の毛はいつもくるくると綺麗に巻かれているし、目鼻立ちはとてもクッキリとしていて化粧映えする。
男遊びが激しそうだという先入観がどこかにあった。
家事なんてできるのだろうかと思っていたのだが、節子に似た味付けの和食が振る舞われたのでまずそこに驚いた。下宿屋の掃除や洗濯も、彼女自身も他所で働いているというのにそつなくこなしている。要領がいいのだろう。
優樹菜に好感を抱くようになったとき、『一緒に風呂にでも』と言われて少々あせった。
正直なところ、そういう気持ちが少しも湧かなかったわけではなく――。
いや、節子さんの孫なのだ。間違いがあってはならない。
「――主任?」
「……っ」
潤みを帯びた黒目がちの目で顔をのぞき込まれ、慎太郎はハッとしてあらぬほうを向いた。
「あ、いや。なんでもない」
「……そうですか?」
かわいらしく小首をかしげている彼女を盗み見ながら慎太郎は夕飯の煮物をパクパクと口に運んだ。
翌日、慎太郎は「ふう」と長いため息をついて喫煙スペースにいた。
(やはり尋ねておくべきだった)
優樹菜が同僚の誘いを断ったのかあるいは先延ばしにしたのか、どちらなのだろうと気になってあまりよく眠れなかった。
慎太郎は咥えて間もないタバコを灰皿に押し付けて消し、ジャケットの内ポケットから新しい一本を取り出してふたたび口に咥えた。
煙で輪を作って遊んでいるときだった。
「お疲れ~」
目下の関心事項である茶髪の同僚が喫煙スペースへやって来た。
しめた、とばかりに慎太郎の口もとがわずかにほころぶ。
本題をいきなり彼に尋ねるのはあまりにも露骨なので、仕事の話を交えつつそれとなく訊く。
「――で、昨夜はどうだった? 磯貝さんとは」
「ああ……」
同僚の表情がいっきに曇る。
「断られたよ。バイトがあるんだってさ。土日ももれなく。彼女、見た目によらず働き者だよね~。なにか欲しいものでもあるのかな」
落胆しきったようすでぼやく同僚を、内心ほくそ笑む。
「口実かもしれないぞ。おまえと飲みに行くのがいやなだけなんじゃないか?」
「えー? そうかな……。ホントに申し訳なさそうにしてたって。しばらくしたらまた誘ってみようっと」
慎太郎が唇を引き結ぶ。
(あきらめの悪い男だな)
あまりしつこくされたら、優樹菜はもしかしたら彼の誘いを受けるかもしれないと思った。
同僚にはああ言ったが、彼女がいま忙しいのはまぎれもない事実だ。節子から下宿屋と、それから慎太郎の世話を頼まれているからだ。
だが一ヶ月後ならば、わからない。いまよりは格段にひまになるだろう。となりに座っている、いかにも体目当ての軽そうな同僚と飲みに行く時間だって、じゅうぶんあるに違いない。
(だから、なんだっていうんだ。俺には、べつに――)
言いようのないあせりが身の内に湧いてくるのには気づかないふりをして、慎太郎はタバコを灰皿にジュッ、と荒っぽく押し付けた。
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男遊びが激しそうだという先入観がどこかにあった。
家事なんてできるのだろうかと思っていたのだが、節子に似た味付けの和食が振る舞われたのでまずそこに驚いた。下宿屋の掃除や洗濯も、彼女自身も他所で働いているというのにそつなくこなしている。要領がいいのだろう。
優樹菜に好感を抱くようになったとき、『一緒に風呂にでも』と言われて少々あせった。
正直なところ、そういう気持ちが少しも湧かなかったわけではなく――。
いや、節子さんの孫なのだ。間違いがあってはならない。
「――主任?」
「……っ」
潤みを帯びた黒目がちの目で顔をのぞき込まれ、慎太郎はハッとしてあらぬほうを向いた。
「あ、いや。なんでもない」
「……そうですか?」
かわいらしく小首をかしげている彼女を盗み見ながら慎太郎は夕飯の煮物をパクパクと口に運んだ。
翌日、慎太郎は「ふう」と長いため息をついて喫煙スペースにいた。
(やはり尋ねておくべきだった)
優樹菜が同僚の誘いを断ったのかあるいは先延ばしにしたのか、どちらなのだろうと気になってあまりよく眠れなかった。
慎太郎は咥えて間もないタバコを灰皿に押し付けて消し、ジャケットの内ポケットから新しい一本を取り出してふたたび口に咥えた。
煙で輪を作って遊んでいるときだった。
「お疲れ~」
目下の関心事項である茶髪の同僚が喫煙スペースへやって来た。
しめた、とばかりに慎太郎の口もとがわずかにほころぶ。
本題をいきなり彼に尋ねるのはあまりにも露骨なので、仕事の話を交えつつそれとなく訊く。
「――で、昨夜はどうだった? 磯貝さんとは」
「ああ……」
同僚の表情がいっきに曇る。
「断られたよ。バイトがあるんだってさ。土日ももれなく。彼女、見た目によらず働き者だよね~。なにか欲しいものでもあるのかな」
落胆しきったようすでぼやく同僚を、内心ほくそ笑む。
「口実かもしれないぞ。おまえと飲みに行くのがいやなだけなんじゃないか?」
「えー? そうかな……。ホントに申し訳なさそうにしてたって。しばらくしたらまた誘ってみようっと」
慎太郎が唇を引き結ぶ。
(あきらめの悪い男だな)
あまりしつこくされたら、優樹菜はもしかしたら彼の誘いを受けるかもしれないと思った。
同僚にはああ言ったが、彼女がいま忙しいのはまぎれもない事実だ。節子から下宿屋と、それから慎太郎の世話を頼まれているからだ。
だが一ヶ月後ならば、わからない。いまよりは格段にひまになるだろう。となりに座っている、いかにも体目当ての軽そうな同僚と飲みに行く時間だって、じゅうぶんあるに違いない。
(だから、なんだっていうんだ。俺には、べつに――)
言いようのないあせりが身の内に湧いてくるのには気づかないふりをして、慎太郎はタバコを灰皿にジュッ、と荒っぽく押し付けた。