8歳年下の、大学生の弟――母親の違う腹違いの弟である柏村 龍之介《かしわむら りゅうのすけ》が岩代荘を訪ねてきたのは優樹菜と同居を始めて半月が経ったころだった。
「えっ、なになに!? 節子ばあちゃんの孫、めちゃくちゃ美人じゃん!」
玄関先で弟を出迎えた慎太郎は、庭で枯葉を掃く優樹菜に熱視線を送っている弟を怪訝な顔で見つめた。
(コイツもか……)
彼女を飲みに誘った同僚と弟が重なって見えた。
「俺よりも年上だよね? 名前は? ……もうエッチした?」
眉間にシワが寄っている慎太郎に身を寄せ、龍之介は小声で言った。視線はあいかわらず優樹菜に向けられたままだ。
「……節子さんの孫なんだぞ。そういう関係になるわけがない」
優樹菜の年齢と名前は伏せ、最後の質問にだけ答えた。彼女の年齢に関しては知らないところでもある。大学二年生の龍之介よりは年上だと思うが、自分よりも弟のほうが年齢的には近いかもしれない。二十代前半だと思われる。
「節子ばあちゃんの孫たから――って、べつに関係なくない? まあでも、兄ちゃんにその気がないんならよかった。俺、遊んでもらおうっと」
「あっ、おい……!」
龍之介は「こんにちはー!」と声を弾ませて庭へ駆けていく。金色の髪が太陽光をギラギラと反射していて無駄にまぶしい。
慎太郎はガリガリと黒い頭をかきながら、サンダルを履いて玄関から庭へまわり込んだ。
「あ、主任の弟さんなんですか?」
突然、見知らぬ男に話しかけられて戸惑っていたらしい優樹菜はほうきを持ったまま慎太郎に確認してきた。
「ああ、そうだ。すまない、掃除の邪魔をして……。ほら龍之介、行くぞ」
「えー? 兄ちゃんてば、主任って呼ばれてんの? なんで? あ、俺のことは龍之介って呼んでね。よろしく~」
龍之介は強引に優樹菜の手を取りぶんぶんと上下に振って無理やり握手を交わしている。優樹菜のほうはいかにも困ったような苦笑いだ。
(だれにでも気さくなわけじゃないんだな)
彼女が下宿屋を訪ねてきたときや、優樹菜のいままでの言動から、だれとでも積極的にコミュニケーション取れるタイプなのだと思っていたのだが――。
もしかしたら自分だけが特別なのかもしれない、と思い至って、心と体のなにかが湧き立った。
にわかに高揚した気分をなんとか落ち着かせて慎太郎は言う。
「おい、いい加減に手を放せ。磯貝さんが困ってるだろ」
「イソガイさんっていうんだ? 下の名前は? あ、年齢も教えてもらいたいな~」
「えっと、優樹菜です。歳は23です」
「ユキナさんかぁ~! 名前もすっごくかわいい。ねえねえ、掃除が終わったらどこか遊びに行かない? 庭掃除、俺も手伝うから」
優樹菜の年齢を頭のなかにインプットしているあいだに弟が勝手なことを言い出した。
(そうか、そういう風に言えばうまく連れ出せるわけだな……って、いや、そうじゃない)
優樹菜はどういう反応をするのだろうと、しばし様子をみる。彼女は困り顔で微笑したままだ。
「私がここを掃除しているのは、仕事だからなんです。主任からは家事を含めた家賃をいただいていて、私は祖母の代わりに働いています。だから、お客様にお手伝いしていただいて遊びに行くのは、ちょっと……。でも、ありがとうございます。あ、お茶を淹れるので、どうぞごゆっくりなさっていってください」
優樹菜は手にしていたほうきを庭の隅に立てかけて、そそくさと玄関へ向かった。
「……意外とマジメなんだね、ユキナさん」
申し出を断られた龍之介が、不満げに口を尖らせてポツリと言った。
(仕事だから、か……)
慎太郎もまた落ち込んだ。
彼女がここへやって来た日、かたくなに断っていたにもかかわらず熱心に同居を申し入れられたのは、自分に興味があるからではなく純然たる責任感からなのだと、知ってしまったからだ。
そうして慎太郎は自覚する。
――優樹菜に、惹かれているのだと。
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「えっ、なになに!? 節子ばあちゃんの孫、めちゃくちゃ美人じゃん!」
玄関先で弟を出迎えた慎太郎は、庭で枯葉を掃く優樹菜に熱視線を送っている弟を怪訝な顔で見つめた。
(コイツもか……)
彼女を飲みに誘った同僚と弟が重なって見えた。
「俺よりも年上だよね? 名前は? ……もうエッチした?」
眉間にシワが寄っている慎太郎に身を寄せ、龍之介は小声で言った。視線はあいかわらず優樹菜に向けられたままだ。
「……節子さんの孫なんだぞ。そういう関係になるわけがない」
優樹菜の年齢と名前は伏せ、最後の質問にだけ答えた。彼女の年齢に関しては知らないところでもある。大学二年生の龍之介よりは年上だと思うが、自分よりも弟のほうが年齢的には近いかもしれない。二十代前半だと思われる。
「節子ばあちゃんの孫たから――って、べつに関係なくない? まあでも、兄ちゃんにその気がないんならよかった。俺、遊んでもらおうっと」
「あっ、おい……!」
龍之介は「こんにちはー!」と声を弾ませて庭へ駆けていく。金色の髪が太陽光をギラギラと反射していて無駄にまぶしい。
慎太郎はガリガリと黒い頭をかきながら、サンダルを履いて玄関から庭へまわり込んだ。
「あ、主任の弟さんなんですか?」
突然、見知らぬ男に話しかけられて戸惑っていたらしい優樹菜はほうきを持ったまま慎太郎に確認してきた。
「ああ、そうだ。すまない、掃除の邪魔をして……。ほら龍之介、行くぞ」
「えー? 兄ちゃんてば、主任って呼ばれてんの? なんで? あ、俺のことは龍之介って呼んでね。よろしく~」
龍之介は強引に優樹菜の手を取りぶんぶんと上下に振って無理やり握手を交わしている。優樹菜のほうはいかにも困ったような苦笑いだ。
(だれにでも気さくなわけじゃないんだな)
彼女が下宿屋を訪ねてきたときや、優樹菜のいままでの言動から、だれとでも積極的にコミュニケーション取れるタイプなのだと思っていたのだが――。
もしかしたら自分だけが特別なのかもしれない、と思い至って、心と体のなにかが湧き立った。
にわかに高揚した気分をなんとか落ち着かせて慎太郎は言う。
「おい、いい加減に手を放せ。磯貝さんが困ってるだろ」
「イソガイさんっていうんだ? 下の名前は? あ、年齢も教えてもらいたいな~」
「えっと、優樹菜です。歳は23です」
「ユキナさんかぁ~! 名前もすっごくかわいい。ねえねえ、掃除が終わったらどこか遊びに行かない? 庭掃除、俺も手伝うから」
優樹菜の年齢を頭のなかにインプットしているあいだに弟が勝手なことを言い出した。
(そうか、そういう風に言えばうまく連れ出せるわけだな……って、いや、そうじゃない)
優樹菜はどういう反応をするのだろうと、しばし様子をみる。彼女は困り顔で微笑したままだ。
「私がここを掃除しているのは、仕事だからなんです。主任からは家事を含めた家賃をいただいていて、私は祖母の代わりに働いています。だから、お客様にお手伝いしていただいて遊びに行くのは、ちょっと……。でも、ありがとうございます。あ、お茶を淹れるので、どうぞごゆっくりなさっていってください」
優樹菜は手にしていたほうきを庭の隅に立てかけて、そそくさと玄関へ向かった。
「……意外とマジメなんだね、ユキナさん」
申し出を断られた龍之介が、不満げに口を尖らせてポツリと言った。
(仕事だから、か……)
慎太郎もまた落ち込んだ。
彼女がここへやって来た日、かたくなに断っていたにもかかわらず熱心に同居を申し入れられたのは、自分に興味があるからではなく純然たる責任感からなのだと、知ってしまったからだ。
そうして慎太郎は自覚する。
――優樹菜に、惹かれているのだと。