クールでウブな上司の襲い方 《 第二章 04

 優樹菜の淹れた茶はいつも美味いのだが、いまはどういうわけかふだんよりもわずかばかり渋く感じる。

「えーっ、そうなんだ? それで、それで~?」

 昼下がりに岩代荘へやって来た弟の龍之介は、優樹菜が淹れた茶を絶賛したあと、彼女が庭掃除を終えるのを待ちかまえていたばかりではなく、夕飯の支度をする優樹菜にベッタリと張り付いて親睦を深めているようだった。
 慎太郎は居間に居座っていた。ふだんなら自室にこもって読書や筋トレをしている時間だ。

「えっと、それからね――」

 優樹菜と龍之介は心なしか仲良くなっているような気がする。

(……俺にはいつだって敬語を使うくせに)

 慎太郎はテレビを見るふりをしつつふたりの会話に耳をそばだてた。
 優樹菜は龍之介に対してくだけた話し方をしている。龍之介が、自分のほうが年下だから気を遣わなくてもよい、と言ったからなわけだが、それでも腑に落ちない。

(龍之介は昔からああだ)

 20年ほど前――弟が産まれてからのことや、それ以前のことを回想する。
 実の母親は慎太郎が産まれて間もなくして亡くなった。だからいまの母親――龍之介の母親とは当然、血がつながっていない。
 幼少期はくまっぷまんと過ごした思い出しかないし、父親が再婚して家族が増えたあとも、疎外感でいっぱいだった。いまもそうだ。実家はここからそう遠くはないが、年に数回しか帰らない。
 龍之介は父親が年をとってからできた子どもだからか、弟は自分よりも父に可愛がられてきた気がする。たんなるひがみかもしれないが、そう思う。
 会話を弾ませるふたりをチラチラと眺め、ひそかにため息をつく。

(俺も、もっと積極的になれれば……)

 自分の殻に閉じこもり気味な性格だと自覚している。
 自室にあふれているくまっぷまんのぬいぐるみも、引け目のひとつだ。
 何度も捨ててしまおうと思った。しかしやはりいまだに心の拠り所なのだ。
 幼いころはくまっぷまんだけが話し相手だった。大量に買い与えられていたからだ。
 成人して就職したいまでも、雑貨屋やおもちゃ屋でくまっぷまんのぬいぐるみを探して、つい買ってしまう。優樹菜とともにくまっぷまんの映画を観たときもそうだった。
 だが優樹菜は、それを訝しんだりはしなかった。恥ずかしがりもせず一緒に映画を観てくれたことを、じつはとても感謝している。


 龍之介は粘り強く居座り、夕飯まで食べていった。夜は用事があったらしく、7時過ぎには帰って行ったので、ようやく慎太郎は落ち着くことができた。

「――飲もう。弟の相手をしてもらった礼だ」

 自室から年代物の赤ワインを持ち出し、夕飯の後片付けを終えたばかりの優樹菜を誘う。

「えっ、いいんですか? ありがとうございます。あ、なにかおつまみを……」
「チーズがあっただろ。俺はそれだけでいい」

 それじゃあ、と言いながら優樹菜はいそいそと冷蔵庫からウォッシュチーズを取り出し、皿に盛り付けてちゃぶ台の上に置いた。慎太郎はそれをぼんやりと眺めていた。

(……われながらひどい口実だな)

 弟をだしに使ってしまった。彼女とともに過ごしたい、というのが本音だというのに。
 誘い文句はどうであれ、優樹菜と少しでも長く過ごせればそれでよい。
 慎太郎はふだん座る場所よりもほんの少しだけ、彼女のほうに身を寄せた。

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