クールでウブな上司の襲い方 《 第三章 02

 優樹菜は自分に対して好意的だと、思う。
 自分のことをどう思うかと彼女に尋ねたとき、妙にとりつくろったりせずあのまま返答を待っていればよかった。この部屋のことを追加したのは蛇足だった、と後悔している。

(好きですよ、か……)

 居間で飲み交わしていたあのとき、優樹菜の言葉に一瞬だが喜んだ。結局は勘違いだったが、それがくまっぷまんのことだとしても嬉しいのには違いない。
 しかし、こんな――ぬいぐるみにあふれた異様な部屋でうずくまっている意気地なしの男を、彼女は受け入れてくれるだろうか。
 拒まれるのが怖くて想いを伝えることができない。それだけならまだしも、料理の味すらうまく褒めることができない自分に心底嫌気がさしてくる。

(だからといって、アレはいけない。極端すぎる)

 腰もとにあった右手を顔の前まで持ってくる。いまでも如実に思い出せる。感覚が、残っている。彼女の柔らかく温かな乳房の感覚が。
 喘ぎ声にしたって、同じだ。思い出しただけで下半身がムズムズと熱を帯びてきてしまうから、どうしようもない。
 風呂場で自分は理性的ではなかった、とそう思うのだが、よくよく考えると矛盾している。
 酔って我を見失っていたのは確かだが、彼女のナカを貫いてぶちまけてしまわなかったのは、頭ではわかっていたからだ。この行為が、身勝手なことなのだと。
 慎太郎は右手で顔を覆った。なにも考えたくない、といわんばかりに。

★☆★

 風呂から上がった優樹菜はパジャマ姿で自室の前の廊下をうろついていた。はたから見たらたいそう挙動不審だろう。

(うーん、どうしよう……。どうするべきか……)

 柏村主任はおそらく部屋にいる。急な用事を思い出して、あわてて浴室を出て行ってしまったのかとも思ったけれど、少なくとも外出するような用事はなさそうだ。

(主任の気持ちが、知りたい)

 これまで優樹菜は『遊んでいそうだ』と男女問わず陰口を叩かれることがしばしばあった。いま彼の部屋に夜這いに行ったら、主任にもそういうふうに思われるかもしれない。

(このまま自分の部屋に戻って……。明日から、またふだんどおりにするの?)

 自分自身に疑問を投げかけ、しかし頭をぶんぶんと横に振って、後ろ向きな考えを払拭した。本当にそれが『後ろ向き』なことなのか、定かではないが。

(私の気持ち、ちゃんと伝えよう。後悔したくない。タイミングを、逃したくない――)

 優樹菜はペタペタと足音を響かせて廊下を歩く。柏村の部屋の前で止まり、ひかえめに二回、扉をノックした。
 すうっと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出したあとで意を決して口をひらく。

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