クールでウブな上司の襲い方 《 第三章 03

「……主任、まだ起きていらっしゃいますか」
『……ああ』

 彼の声はかすれていた。寝起きか、あるいは泣いたあとのように。
 やはり迷惑だろうかと一瞬だけ尻込みしたが、声を掛けてしまった以上あとには引けない。

「入っても、いいですか?」
『……鍵はかけていない』

 入ってもいい、という意味だととらえて、静かにドアノブをまわす。年季の入った銀色のノブはとてもつめたい。ぞくっ、と悪寒のようなものが背筋に走ってしまった。

(……っ。ドアノブにひるんでる場合じゃ、ない)

 同居生活はすでに半分を過ぎているわけだし、浴室での出来事をうやむやにしたままあと半月を終えたくはない。あわよくばラブラブしながら過ごしたい。
 優樹菜はきゅうっと唇を一文字に引き結んで扉をひらいた。
 部屋のなかは薄暗かった。月明かりに照らされているのは窓際に並べられたぬいぐるみたち。マントを羽織った勇敢な様相のクマたちに、いっせいに見つめられたような気がして少しだけギクリとする。

(落ち着け、私)

 一呼吸おいて、あらためて部屋のなかを見る。柏村はベッドにうつ伏せになっていた。
 カーペットの上を裸足で静かに進み、ベッド脇に立つ。柏村はなにも言わない。彼の横顔は月明かりのもとでも麗しい。

「――主任を、襲いにきました。さっきのだけじゃ、足りないです……っ」

 優樹菜はひと息に言った。柏村が目を見ひらく。

(ああ、私はいま何て言った?)

 想いを伝えるつもりだったのに、いま思っていることがそのまま口から出てしまった。
 それもこれも、彼が麗しすぎるせいだ。
 黒い髪の毛は濡れていて艶っぽく、瞳は儚げに潤んで見える。彼は年上だけれど、このときはなぜだか守ってあげたくなった。なにから守る必要があるのかすらわからないが、とにかく庇護欲をくすぐられた。

「……磯貝さん?」

 柏村の声で優樹菜はハッとわれにかえる。

(そうだ。襲いに来たとしか言ってない。これじゃあただの変態だよ)

 不埒な女で終わってはいけない。大切なことを、まだ伝えていない。
 今度は慎重に、頭のなかで言葉を整理して、選んで発する。

「――はじめは、顔でした。でも、主任の……クールで真面目なところ、すごく好き。くまっぷまんが好きなんだって知って、私……すごく嬉しかった。もっと、知りたいんです。いろんなあなたを」

 よく考えて発した言葉だが、偽りはない。
 ギシッ、とベッドがきしむ。優樹菜は柏村に覆いかぶさり、彼の濡れた瞳をのぞき込んだ。
 見つめ返される。柏村の瞳は揺れていた。

「俺も、きみの……」

 ドク、ドクンと期待に胸が高鳴る。

「見た目は派手だが真面目なところが、好きだ。こうして……積極的に色仕掛けをしてくるところも」

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