クールでウブな上司の襲い方 《 番外編 01

 期間限定で下宿屋を任されていた優樹菜だが、大家の節子が全快して退院したあとも変わらず岩代荘にいた。
 節子、慎太郎、優樹菜の三人暮らしとなってから数週間後の、ある日の夜。

「――禁煙しなさい」

 まさしくピシャリ、と節子が言った。
 ちゃぶ台の上に広げられているのは、健康診断の結果表だ。

「……いや、でも……まだ、その……数値的には――」

 広い肩をすくめて肩身が狭そうに正座をして、モゴモゴと言いよどみながら口実を並べ立てて口ごたえしているのは、健診の結果表を持ってきた当人である柏村 慎太郎だ。会社で行われた健診の結果表を節子に提出するというのは、岩代荘の習わしらしい。

「……うちのひともヘビースモーカーだったわ。それで、あんなに早くあっけなく……。慎太郎は優樹菜に、私と同じ思いをさせる気なの?」

 悲壮感を漂わせて頭を抱える節子を前に、慎太郎はギクリとしたようすで顔をひきつらせた。
 優樹菜は洗い物をしながらふたりのやりとりを横目でうかがう。それから、彼の決意を聞いた。

「――禁煙、します」

***

 慎太郎が禁煙宣言をした――いや、宣言させられた翌日のことだった。優樹菜は会議室で資料や備品の後片付けをしていた。

「……――!?」

 バタンッ、カチャッという音がしたかと思うと、急に誰かに腕をつかまれ壁に押しつけられた。

「ちょっ、え……!? し、慎太郎さん?」

 ひどく焦った、いつになく切羽詰まったようすの慎太郎を優樹菜は見上げる。

「――っ、吸わせてくれ」

 眉根を寄せて悲しげな表情を浮かべる慎太郎。

(タバコが吸えないのって、やっぱりつらいんだ……)

 気持ちは多少わかるが、しかし彼は節子に禁煙宣言をしている。それを破らせる権利は、優樹菜にはない。

「おつらいでしょうけど、でも……あ、ガム! 食べます? 私、持ってますよ。タバコの代わりには程遠いかもしれないけど」

 事務服のジャケットのポケットをゴソゴソと漁る。するとその手を慎太郎がつかんで壁に張り付けた。優樹菜を壁際に囲い込んでいる。

「口さみしくてたまらないんだ――」

 切なそうに見おろされ、戸惑う。禁煙は自分との戦いだ。禁煙グッズを買いに行かなくては、などと考えているところに、

「――んんっ!?」

 噛み付くように唇を塞がれ、すぐに舌を絡めとられた。じゅううっ、とすさまじい勢いで舌を吸われている。

「んむっ、ん……!」

 あまりに性急で、余裕のかけらもない荒々しい口づけに息苦しくなってしまい、くぐもった声を漏らす。しかし慎太郎はそんな優樹菜には気づかず彼女の事務服を両手でまさぐる。

「……っぷは! やっ、慎太郎さん……!! な、なに考えてるんですかっ!?」

 ようやく唇を解放された。そのころにはだいぶん胸もとを乱されていた。
 優樹菜は乱れてしまったジャケットとブラウスを押さえる。

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