土曜日、和葉はスマートフォンのコール音で目を覚ました。土曜日に掛かってくる電話はたいていプライベートなものだ。母親か、あるいは友人か。和葉は相手をろくに確かめもせず寝ぼけ声で「はい」と言って電話に出る。
『和葉ちゃん? 藤枝です』
「ふじえだ……」
しばし考えたあと、和葉は耳からスマートフォンを離す。電話相手は『藤枝商事』と表示されている。昨日の昼、電話を掛けたときに連絡先として登録したばかりだ。
いっきに目が覚めた和葉は「あ、ええと」と言いながらふたたびスマートフォンを耳に当てた。
『まだ寝てたかな。ごめんね、朝から』
「い、いいえ」
部屋の壁掛け時計はすでに九時をまわっている。電話を掛けるのに非常識な時間帯ではない。
『絵画教室のことなんだけど……どうかな?』
爽やかな声音で尋ねられ、和葉はつい「受講します」と即答してしまった。
『そっか、ありがとう。……それじゃあ、さっそくで申し訳ないんだけど受講の手続きに来てもらえるかな。今日か、明日にでも。場所はアトリエの上だよ』
――そうか。アトリエの上の階が藤枝商事のオフィスなのか。それならばここから徒歩三分ほどだ。
「はい。えっと……いまからでも大丈夫ですか?」
『うん、もちろん。迎えに行こうか』
「いえ、じつは自宅がすごく近所なんです。だから……あと10分くらいでお伺いできるかと思います」
『わかった。気をつけて来てね』
「はい」と返事をしたあと、スマートフォンの画面に『電話終了』と表示されるまでには少し間があった。黒くなった画面に映る自分の顔がほころんでいる。いや、ニヤけている。
(急いで支度しなきゃ!)
こんなにも心が躍るのはいつぶりだろう。和葉はベッドから飛び起きて洗面所へ向かった。途中、足がもつれて転びそうになってしまったのは起き抜けだからだ。浮足立っているわけではない――と、思いたい。
洗面台の前に立ち、顔を洗って化粧水を塗る。口もとがほころぶのを止められない。なにがこんなに嬉しいのだろう。
(ついこのあいだまで忘れてたくせにアレだけど……私、りゅうくんのこと)
恋心とまではいかないが、憧れのようなものを抱いていたのには違いない。だから大人になったいま、再会できてすごく嬉しい。
和葉はふだんよりも慎重に化粧をして――いつもはもっと雑なのだ――玄関の姿見で全身をチェックしてから家を出た。
急がずとも先ほどの電話からまだ10分は経っていない。そうわかっているのに、どうしてか早足になってしまう。
和葉はわずかに息を弾ませて絵画教室の前に到着した。
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『和葉ちゃん? 藤枝です』
「ふじえだ……」
しばし考えたあと、和葉は耳からスマートフォンを離す。電話相手は『藤枝商事』と表示されている。昨日の昼、電話を掛けたときに連絡先として登録したばかりだ。
いっきに目が覚めた和葉は「あ、ええと」と言いながらふたたびスマートフォンを耳に当てた。
『まだ寝てたかな。ごめんね、朝から』
「い、いいえ」
部屋の壁掛け時計はすでに九時をまわっている。電話を掛けるのに非常識な時間帯ではない。
『絵画教室のことなんだけど……どうかな?』
爽やかな声音で尋ねられ、和葉はつい「受講します」と即答してしまった。
『そっか、ありがとう。……それじゃあ、さっそくで申し訳ないんだけど受講の手続きに来てもらえるかな。今日か、明日にでも。場所はアトリエの上だよ』
――そうか。アトリエの上の階が藤枝商事のオフィスなのか。それならばここから徒歩三分ほどだ。
「はい。えっと……いまからでも大丈夫ですか?」
『うん、もちろん。迎えに行こうか』
「いえ、じつは自宅がすごく近所なんです。だから……あと10分くらいでお伺いできるかと思います」
『わかった。気をつけて来てね』
「はい」と返事をしたあと、スマートフォンの画面に『電話終了』と表示されるまでには少し間があった。黒くなった画面に映る自分の顔がほころんでいる。いや、ニヤけている。
(急いで支度しなきゃ!)
こんなにも心が躍るのはいつぶりだろう。和葉はベッドから飛び起きて洗面所へ向かった。途中、足がもつれて転びそうになってしまったのは起き抜けだからだ。浮足立っているわけではない――と、思いたい。
洗面台の前に立ち、顔を洗って化粧水を塗る。口もとがほころぶのを止められない。なにがこんなに嬉しいのだろう。
(ついこのあいだまで忘れてたくせにアレだけど……私、りゅうくんのこと)
恋心とまではいかないが、憧れのようなものを抱いていたのには違いない。だから大人になったいま、再会できてすごく嬉しい。
和葉はふだんよりも慎重に化粧をして――いつもはもっと雑なのだ――玄関の姿見で全身をチェックしてから家を出た。
急がずとも先ほどの電話からまだ10分は経っていない。そうわかっているのに、どうしてか早足になってしまう。
和葉はわずかに息を弾ませて絵画教室の前に到着した。