淫らに躍る筆先 《 07

「じゃあ……俺を予定に入れてもらえないかな」

 彼の耳はほんのりと赤くなっていた。冗談で言っているのではないとわかる。

(夢……みたい)

 数日前まで見合いの心配をしていたくらいなのに、何ということだろう。

「わ、私でよければ……喜んでっ」

 発した声が上ずってしまって、とたんに恥ずかしくなる。いや、恥ずかしいのはそのせいだけじゃない。静かなこの部屋でいまいちばんうるさく音を立てているのは自分の心臓なのではないかと思う。
 前を向いたまま動けずにいた和葉だが、視線を感じておそるおそる横を見た。
 龍生は顔から手を離して、安心したようにほほえんでいた。その笑顔にまた胸がドクンと高鳴る。つられて和葉も笑う。そうして笑っていても、緊張の糸は解けない。
 もうずいぶんと長いこと見つめ合っている、と気がついたときには彼の顔から笑みが消えていた。真剣な顔が、近づいてくる。
 和葉はゆっくりと目を閉じる。まぶたが震えてしまう。
 音もなく唇が重なる。ちゅっというリップ音すら聞こえなかった。それほど静かで控えめな口づけだった。龍生はすぐに顔を離した。

「ごめん……。こんなところで……いきなり、嫌だよね」

 やんわりとつかまれたままの両腕が熱をもってきた。和葉は首を小さく横に振る。

(いやじゃ、ない……。自分でも不思議だけど)

 久しぶりに再会して、付き合うことになって、いきなりキスを交わして。なにもかもが急なのに、嫌だとは思わない。それはすでに彼の人となりがわかっているからなのか、あるいは麗しく成長した彼に惚れ込んでしまったからか。

(あれこれ考えても仕方ない)

 唇を、先ほどよりも深く食まれる。もう少しで舌まで触れてしまいそうなほど深く唇を重ね合わせる。

「――んっ!?」

 胸もとでなにかがモゾモゾと動いた。和葉は驚いて目を開ける。白いシフォンブラウスのボタンを外していたのはほかでもない龍生の両手だ。

(キスだけじゃ、ない!?)

 『そういう』ことに至っても嫌ではないが、まだ明るい時間だ。こんな時間にこんな場所でそういうことをしてもいいのだろうか。

「あ、あのっ……明るいので、ええと……恥ずかしい、です」

 うつむいたままそう言うと、龍生はしばし動きを止めたあと「そうだよね」と言葉を返してソファに座り直した。右の頬を指でかきながら龍生は視線をあちらこちらへと移ろわせる。

「……うしろからなら……いい?」

 小さな声で訊かれ、和葉は唇を引き結んだまま顔を上げる。

(そういう問題じゃないんだけど)

 龍生は口をへの字に曲げて心配そうにこちらのようすをうかがっている。何だか健気だ。

「……うしろから、なら……」

 和葉は龍生の言葉をおうむ返しした。意識的に発した言葉ではなかった。言ってしまったあとで、和葉は我に返る。

前 へ    目 次    次 へ