淫らに躍る筆先 《 08

(わ、私……何てこと言っちゃったんだろう!?)

 こんなところではだめだと思っていたはずなのに、彼の哀しそうな顔を見ていたらついそんなことを口走ってしまった。

「いえ、その……いまのは」
「――和葉ちゃん」

 腰もとをつかまれ、強制的に体が移動する。和葉はソファに腰掛けたまま龍生にうしろから抱き込まれる恰好になった。

「少しだけ……」

 彼の吐息をすぐそばで感じた。むずがゆいなにかがぞくりと全身を駆け巡る。嫌悪だとか、そういうたぐいのものではない。もっと好意的な、なにかだ。

(久しぶりに会って、まだほんの少ししか一緒に過ごしてないのに)

 それなのにこんな反応をしてしまう自分が情けない。欲求不満だったわけではない。そもそも絵画教室に通おうと思ったのだって、出会いを求めてのことではないのだ。

「――っ!?」

 考え事をしていたせいか、首すじを舐められたのがずいぶんと唐突に思えた。生温かい舌は味見のように一度だけ和葉の素肌を舐め上げた。龍生が長く息を吐く。

「ほんと、ごめん……。和葉ちゃん、前からかわいかったけどますます綺麗になってるから」

 龍生は和葉の首に顔をうずめたまま話す。

「触れたらどんな顔をして……どんな声を出すのか、知りたいって衝動を抑えられない」

 トクン、トクンと心臓以外のところが甘く脈づく。

「再会して間もないのに、いきなりこんな……ごめん、本当に」

 耳のすぐそばでかすれ声を出されてはたまらない。それにしても、彼にも『まだ再会したばかりなのに』という思いはあるようだ。
 艶っぽい声音で龍生は言葉を紡ぐ。

「嫌だって思ったらすぐに言って」

 甘く脈を打ったのはまぎれもなく秘められた部分だ。

「あ……」

 顔を上げられずにいると、節くれだった細長い指先がブラウスのボタンをふたたび外し始めた。

(嫌……ではないけど)

 急展開すぎてどうしたらよいのかわからないというのが本音だ。触れられたいような、しかし恥ずかしいから触れてほしくないような――複雑な心境だ。
 プチン、という音で和葉は現実に引き戻される。気がつけばブラウスのボタンはすべて外されていて、ブラジャーのホックも弾かれていた。

(き、緊張してきた)

 そもそも緊張していたが、いっそうそれが張り詰めていった。龍生は両手をゆっくりと動かして和葉のふくらみをふにゃりとつかむ。

「んっ……!」

 思いがけず出た声は低く、少しかすれていた。龍生の肩がピクッとわずかに跳ねる。

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