淫らに躍る筆先 《 14

 龍生はきっと冗談を言っただけだ。そうだとわかっているのに、

「使ってください」

 反射的にそう答えてしまった自分に驚き、うろたえる。

(さっきから私、なに言ってるの!?)

 あきれてしまう。龍生もきっとそうだろう。おそるおそる彼のようすをうかがう。龍生の顔から笑みが消えていた。驚きを含んだ、ごく真面目な顔つき。

「使う――って意味、わかってる?」

 和葉は声もなく小さくうなずく。一歩、彼との距離が近くなる。龍生は恥ずかしそうに?を赤く染める和葉のもとへじりじりと歩み寄った。

「……じゃあ、座って」

 アトリエに置かれているのと同じ椅子がこの倉庫にもある。壁際に三脚ほど並べてある。そのうちのひとつ――真ん中の椅子に、和葉は腰掛けた。
 龍生はパレットに絵の具ではなく水を載せ、真新しい絵筆を手に近づいてくる。和葉の左隣の椅子の座面にパレットと筆を置いた龍生は本当に絵でも描くつもりのような素振りでキャンパス代わりの和葉をまっさらにしていく。

「……っ」

 襟もとについていたリボンをさも当然と言わんばかりに解かれ、しだいに胸もとがあらわになる。ブラジャーのホックを外され、ブラウスの袖と一緒くたにすべて剥ぎ取られた。いま上半身はなにも身につけていない。

「うん……凹凸があって、魅惑的なキャンパスだ」

 じろじろと見下され、もともと熱を帯びていた?がさらにカァッと火照る。とっさに両手を前に持ってくると、

「そんなふうにしてたんじゃ、なにも描けないよ。両手は横へ」

 手首をつかまれて腰のほうへ移動させられる。胸をさらして椅子に座っているのは手持ち無沙汰で仕方がない。

「そのまま、ね」

 龍生は絵筆を手に取り、筆先をパレットの水で湿らせた。筆を持つ彼の手が美しいと感じているのは私だけではないと思う。
 色のついていない筆を龍生は和葉の鎖骨のあたりにあてがう。

「柔らかい筆だから痛くはないと思うけど……どう?」
「へ、へいき……です」
「……そう。平気なんだ」

 彼が笑う。どういうたぐいの笑みなのか、わかるようでわからない。
 龍生は筆先を下へと滑らせていく。胸の谷間からへそのところまで下降し、そうかと思うとすぐに胸のほうへ戻ってきた。

「んっ……」

 指先でそうされるよりも格段にくすぐったい。そうして何度も、中心線を描くように胸の谷間とへそのあたりまでを筆で往復された。

(何でもないところなのに、どうして……)

 足の付け根が潤んでいくのがわかる。彼の筆遣いはとても軽やかで――じつにじれったい。もどかしくなる。それが下半身の潤みにつながる。
 龍生の視線もまた性的な刺激のひとつだった。澄んだ瞳が熱心にこちらを見つめてくる。

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