「う、うぅっ……!」
うめき声が聞こえた。それはほかでもない、自分のものだ。
夢を見ていた。それはふだんは決して見ることのないような――そう、体に漬物石を巻きつけられて海の底に沈められる夢だった。
「――起・き・ろ!」
ひどく低い、不機嫌そうな声で呼びかけられ、しかしすぐには目が開かない。接着剤でもつけられているんじゃないかと思うほど重いまぶたを何とかして持ち上げると、焦点が合わないくらい間近にだれかの顔があった。
「~~!!??」
少しでも唇を動かせばそこにいる弘幸のそれにぶつかってしまうのではないかと思う。弘幸は未来の体に覆いかぶさり、彼女の顔をのぞき込んで眉間にシワを寄せている。
「おまえ、ほんっと寝起き悪いな」
「ふぐっ」
大きな手のひらで両頬をパチンと叩かれる。ああ、叩き起こすというのは冗談ではなかったのか。
「さて、おまえの朝の仕事は何だ?」
言葉がすぐには出てこなかった。言わなければいけないことはわかっているのに、急に目覚めたせいか動悸がひどい。
「あ……朝ごはんを作ることです」
やっとの思いでそう言うと、弘幸は満足げにほほえんだ。
「よろしい。さっさと起きろ」
「あの……起き上がりたいんですが」
布団の上からとはいえこうも重くのしかかられていてはまるで身動きが取れない。
「ああ、悪い」
わざとらしい調子で謝りながら弘幸はベッドから離れる。そしてそのまま、部屋の隅に置いてある一人掛けのソファに腰を下ろしてしまった。長い脚をクロスさせてくつろいでいる。
「あの……着替えたいんですが」
ベッド端に腰掛け、ムッとした顔つきのまま未来がそう言うと、
「ああ、着替えれば?」
弘幸は「なにか問題が?」と言わんばかりの素知らぬ顔でそう答えた。
「――っ、出てってよ!」
未来はパジャマの上着の裾を押さえて息巻く。いっぽうの弘幸は、唇を引き結んで不満そうに無言で出て行くのだった。
(もうっ、ヒロくんてばなに考えてるの!?)
白いブラウスの上にエプロンをして未来はトントントン、と包丁を上下に走らせる。「出て行って」と言わなければあのまま部屋に居座るつもりだったのだろうか。
(そりゃあ、私の着替えなんて見てもどうせヒロくんは何とも思わないんだろうけど)
ふだんから子ども扱いされているのだ。いまさら下着のひとつやふたつ、どうということはないのだろう、彼にとっては。
しかし未来にとっては違う。彼は以前から、どんなときも意識すべき異性なのだ。