俺さま幼なじみとの溺愛同居 《 16

 弘幸の部署に配属された週の金曜日。未来は彼に誘われて居酒屋へ赴いた。
 会社や自宅から近いところだが裏路地の奥まったところにあるそこは一見すると居酒屋とは思えない。ただの民家のように見える、いわば隠れ家的な店だった。

「ああ、きみか。佐伯くんのミライの嫁は」

 どこかで見たことのある、気のよさそうな小柄のおじさんに、店に入るなりそう言われて未来は面食らう。弘幸が慌てたようすで「社長っ」と言うのを聞いて未来もまたあせるのと同時に、なぜ社長に『弘幸のミライの嫁』と呼ばれたのか疑問も浮かぶ。
 社長の隣に弘幸、そのまた隣に未来が座る恰好でカウンター席に三人並ぶ。
 社長はもうだいぶん酔っ払っているらしく、顔が真っ赤だった。

「ここのところ佐伯くんはいつも言っていたよ。かわいがってる幼なじみがうちの会社に来るから、みんなで囲い込んで俺の嫁にするんだ、ってね」

 真っ白なお猪口になみなみと注がれた日本酒をあおりながら社長が言った。そういえば、まわりから就職先は弘幸の会社がよいと熱心に勧められた。
 社長は上機嫌で話し続ける。

「手を出すのをずいぶん長いこと我慢してるとも言ってたねえ」
「しゃっ、社長! もうそのへんで勘弁してください」

 弘幸は珍しくおろおろとしたようすで社長の徳利を手に取り、ニヤニヤとした面持ちの社長に酒のお代わりを注ぎながら何とか話題を変えようとした。しかし社長は弘幸をからうのが楽しいらしく、その後しばらくは弘幸が未来のことをどう言っていたのかを延々と語り続けたのだった。


 未来はその日、社長の聞き役に徹していたのでほとんど酒は飲まなかった。もともとお酒は強くない。
 居酒屋を出ると、夏を予感させる少し湿った風が?を撫でた。弘幸もまた今日はあまり酒が進んでいないようだった。終始慌てていたという印象だ。

「……いつから?」

 二人で並んで裏路地を歩きながら、前を向いたまま真剣な表情で未来は彼に尋ねた。いっぽう弘幸のほうは、バツが悪いそうに顔を歪めていた。

「おまえが高校生になったくらいから、かな……」

 社長の話によると、未来が親もとを離れて自立するまで待っていたという。

「でも、ほら……学生にはさすがに手、出せないだろが」

 彼の歩く歩調が心なしか早くなった。

「ガキの頃は妹みたいに思ってたのに……盆や正月に――久しぶりに会うたびにそうは思えなくなっていった」

 早歩きしたかと思えば急に立ち止まって、弘幸はくるりとうしろを向いた。彼と向かい合う。

「好きだ。一緒に住んでみて、ますます好きになった」

 湿った爽風が裏路地を吹き抜けた。新たな季節の訪れを予感させ、心を躍らせる。

「あー……やっぱ恥ずかしいな、ちゃんと言うの」

 弘幸は大きな手のひらで自分の顔を覆う。頬が赤いのはきっと酒のせいではない。この胸が大きく高鳴るのもきっと、酒のせいなんかじゃない。
 未来は大きく息を吸い込む。心の中にある想いを外へ出すための準備をする。

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