スパイラル・ストラップ 《 03

 優香はひとり「うん、うん」とうなずいてノートパソコンのキーボードを叩く。それからしばらくは集中して作業していた。だから、見た目は爽やか、中身は鬼畜な上司がすぐそばに立っていること、それからほかにはだれもいなくなっていることにはまったく気がついていなかった。

「――お疲れさま」

 頬に冷たいものを感じて、優香は両肩を跳ねさせる。思いがけずタイプミスしてしまった。
 目の前に差し出されたのはよく冷えた栄養ドリンクだった。

「あ……主任。お疲れ様です」

 クマ印の栄養ドリンクを受け取りながら優香は彼の方を向く。神澤は優香のとなりの椅子に腰を下ろした。コンビニの袋をカサカサと漁って、取り出したのは肉まんだ。

「これ、食べる?」
「いただきます」

 もらえるものは遠慮なくいただく。見たところ肉まんは彼のぶんもある。手渡された真っ白な肉まんはほどよく温かかった。

「悪いね、齋江さん。連日残業させちゃって」

 神澤と並んで肉まんを頬張りながら、いつの間にかふたりきりになっていることに優香はようやく気がついた。

「この部署には来たばかりだから……知らない人には仕事を頼みづらくて」
「えー、主任って遠慮するタイプだったんですか?」

 この数週間で彼にはかなり軽口を叩けるようになっていた。聞けば、彼はじつは同い年だったのだ。
 神澤は笑いながら「そうだよ」と返す。

「でも俺の見込みどおり、きみは仕事がよくできる。失敗から学ぶ力もある。電話のストラップ、いいと思うよ。見た目はアレだけど」
「もう……主任は一言、多いんですよ」

 だが褒められて悪い気はしない。優香は肉まんをぺろりと平らげ、グビッと栄養ドリンクを飲み干してからふたたび作業を再開した。


 神澤と協力して一大プロジェクトを終えた優香は彼に誘われて居酒屋にいた。
 ふだんの飲み会では行かないような、落ち着いた雰囲気の座敷で、しかも個室だ。

「た、高そうなところですね」

 床の間には達筆な字でなにか書かれている掛け軸と、花と鳥が描かれた小ぶりの壷が置いてある。麗しい神澤の背景としては申し分ないが、高級感にあふれていて気後れする。

「心配しなくていいよ。俺が全部出すから」
「それはどうも、ありがとうございます」

 優香はあっけらかんとしてそう言って、お品書きに目を通す。

「齋江さんさぁ……俺に以前、遠慮するタイプじゃないって言ってたけど、人のこと言えないよね」
「私、遠慮するタイプなんですとか言いましたっけ? あ、とりあえず生、注文していいですか?」


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