「……どうぞどうぞ。よく頑張ってくれたからね。好きなだけ飲むといい」
神澤はあきらめたようにそう言って、手もとの呼び鈴を鳴らした。チリン、という音が響くと、すぐに着物姿の店員がやってきた。
それからふたりは浴びるように酒を飲んだ。酒の肴が美味しかったせいもある。
優香に至っては酔いつぶれ、座椅子の背に体をあずけて舟をこぐ始末だ。
「齋江さん、帰るよ。自分の家はちゃんとわかる?」
カクン、カクンと頭を揺らす優香のかたわらで神澤は彼女の肩をそっとつかんで揺らす。
「むぅ……わかりませんぅ……」
そのあとも神澤は何度も優香の名前を呼んで体を揺らした。しかし優香は「んん」と言うばかりでうつろだ。
「……じゃあ、俺の家に連れて帰っちゃうよ?」
「はひ……」
それから、どうやって居酒屋を出たのかまったく覚えていない。酔いがさめたころには、神澤の家にいた。
どういうわけか、なにも着ていない。言われるままシャワーを浴びて、バスタオルを体に巻きつけただけの状態で彼の寝室のベッドに腰掛けている。
(あれっ? ええと、これは……)
寝室には自分しかいない。神澤の姿はない。そういえば、シャワーを浴びてくると言っていたような気がする。
寝室の扉が静かに開いた。現れたのは、腰にバスタオルを巻いただけの神澤。
優香は自分の頬に急激に熱が集まるのを感じた。
(休日はジムに行ってるって前に言ってたっけ……)
神澤の、鍛え上げられた上半身から目が離せない。釘付けになる。
「寝てるかと思った。具合はどう?」
神澤は優香のすぐそばに腰を下ろした。顔色をうかがうように顔をのぞき込まれ、優香はギクリとして視線を逸らす。
「へ、平気です」
彼が入浴して間もないからか、熱気が伝わってくるような気がした。いや、彼のことを意識しすぎて自分がのぼせているだけかもしれない。
「じゃ、縛っていいかな」
優香は何度もまばたきをした。
彼の発言の意味を理解するまでに時間がかかる。縛るものといえば、リサイクルに出すダンボールだとか雑誌の束だとか。そういったものを連想したのだが、彼が言っているのは別のものだろう。
「ええと……なにを縛るんでしょうか」
「齋江さんの手首だよ」
いったいどこから取り出したのか、神澤はすでに細長い紐を持っていた。梱包用の紐というわけではなく、着物を着るときに使うような平らな布紐だ。
「どうしてそんな話になっているんでしょう……?」
顔を引きつらせる優香に向かって神澤は平然と言ってのける。
「きみ、シャワーを浴びる前は『いいです縛ってくださいー』って言ってたよ。覚えてない?」
「ま、まったく記憶にありません!」
「記憶になくてもきみがそう言ったのには違いないから」
トンッと肩を押されれば体はたやすく傾いて、ドサリと音を立ててベッドの上に仰向けになる。