甘い香りと蜜の味 《 04

 翌日、美樹はさっそくスイーツショップ『ショコラ・デ・マノーク』に出勤した。制服はまだないので、白いワイシャツに赤いエプロンをつけ、ネームプレートには『研修中』がくっついている。

「きっ、今日からどうぞよろしくお願いしますっ!」

 店の奥にある事務室で美樹は紗耶香に向かって深々と頭を下げた。これから一ヶ月弱、彼女に販売業務を教わることになる。拓真はいま大学で講義を受けているので、不在だ。

「ふふ、そんなに気負わないで?」

 紗耶香は力の入りすぎた美樹の両肩をポンッと叩いた。そんなふうにされると少しだけ気が楽になる。美樹は紗耶香につられて笑顔になった。

「このお店――美樹ちゃんも知ってると思うけど、じつはネット販売とか、式場へのケーキの配達とかがメインなのよ」
「あぁ、なるほど」

 住宅街の奥まったところにあるからか、訪れる客はそれほど多くない。しかしネットや、周辺地域での評判はとてもよい。
 スイーツショップランキングではいつも上位だし、著名人のブログで紹介されているのも見たことがあるが、いずれも住所は非公開なのである。店が住宅街にあるので、周囲に配慮してのことだろう。ネットの受注と、コンスタントに受注するウェディングケーキの製作だけで手いっぱいで、訪問客まで手がまわらない、というのもあるかもしれない。

(いまだってパティシエは拓人さんだけだし)

 ショコラ・デ・マノークが拓人の父親の代だったとき、彼は人を雇って事業拡大しようとは考えていなかった。いつだったか彼ら家族を夕飯に招待したとき、拓人の父は「家族が食べていけるぶんだけ稼げればいい」と、うちの父親相手に話しているのを聞いたことがある。

「――だから、店を訪ねてくるお客さんの相手よりも、ネットでの受注品の確認と、発送準備が主な仕事よ」
「そうなんですか」
「そうなんです。ええと――」

 紗耶香は身をかがませ、テーブルの上に載っているノートパソコンをのぞき見る。

「今日は、ギフトのお届けがけっこう多いわね。梱包を手伝ってくれる? お店のほうは、チャイムが鳴ったら出ていけばいいから」
「はいっ、わかりました!」

 そうして美樹は、焼菓子の梱包に初挑戦する。

「ここを、こうして……うん、そうね。……ええと、うん」

 紗耶香が苦笑いを浮かべる。いっぽうの美樹は、いまにも泣き出しそうな顔になっていた。
 透明のフィルムに入ったクッキーを箱詰めして包装紙で巻く、という作業を小一時間ほど続けているのだが――まったくもってうまくいかない。一体何枚、包装紙を無駄にしたことだろう。

(もうーっ、私ってどうしてこう、不器用なんだろ!?)

 自問したところで始まらない。買い置きの包装紙がすべてなくなってしまった。

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