甘い香りと蜜の味 《 07


「――紗耶香さん、なにからなにまで本当にありがとうございました」

 飲み始めて二時間ほどが経ったころ。
 向かいにいる拓人は飲んでも飲んでも顔色が変わらないし、ななめ向かいに座る拓真は食べても食べてもいっこうに満腹にならないようだった。
 そんなふたりを尻目に、チューハイ一杯ですっかり酔っぱらい、顔を赤くした美樹は涙まじりに紗耶香に言う。

「うっ、うぅ……紗耶香さんが、遠くに行っちゃうなんて……さ、寂しいけど、私……がんばりますっ」
「あらあら、美樹ちゃんったら。泣き上戸だったの?」
「ご、ごけっこん、おめでどうございますぅぅ」

 うまくろれつがまわらないが、自分ではきちんと「ご結婚おめでとうございます」と言ったつもりだ。

「ありがとう。挙式までにちょこちょこお店に顔を出すと思うから……美樹ちゃん、おもてなししてくれる?」
「はいっ! いつでもお待ちしてますぅぅ!」

 よしよし、といった具合に頭を撫でられ、ますます泣けてくる。

(明日からはひとりでやらなきゃいけないんだ……)

 不安しかないが、やるしかない。一応は拓真もいるし、なにかあればすぐに拓人が助けてくれる。しかし、多忙なようすの拓人にあまり迷惑を掛けたくないというのが心情である。

(大丈夫、やれる! がんばる……!)

 美樹は酔いをさますため、お冷グラスをいっきにあおった。


 拓真は紗耶香を駅まで送ることになり、必然的に美樹は拓人とふたりきりで帰路についた。
 店を出て、数メートル進んだときだった。拓人に右手を取られた美樹は驚きのあまり足を止めた。

「昔はよくこうして歩いたよね。美樹ちゃん、転びやすいから。とくに、いまは少し酔ってるみたいだし。このまま手をつないで帰ろう」
「は、はい」

 拓人に引っ張られるようにして美樹はふたたび歩きだす。

(酔いはもうだいぶさめたし、いまは子どものころと違ってそんなに転ばないんだけど……)

 美樹は気づかれないていどにちらりと彼を見上げる。

(私って、拓人さんにとってはやっぱりまだ子どもなのかな……。ま、そうだよね。五つも年下だし)

 薄暗い歩道を並んで歩く。車道側にいるのは拓人だ。美樹は景色を見るふりをして、彼を盗み見る。

(コックコート姿もいいけど……私服もかっこいいなぁ……)

 ベージュのカットデニムのジャケットに、なかはボーダーのVネックシャツ、ダークグレーのGパンを見事に着こなしている。雑誌に載っていてもおかしくないスタイルのよさだ。

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