(拓人さんのとなりを、しかも手をつないで歩いてるなんて……夢みたい)
足取りはふわふわとしていて軽い。酔いはさめたと思ったが、泥酔しているときのように夢心地だ。
二十三年、過ごしている見知った街だから、あと数十メートルで自宅に着くというのがわかる。
(拓人さんと、もうちょっと一緒にいたけど……寄り道しようなんて言ったら、また子ども扱いされるんだろうな)
そう思ってなにも言わなかった。そうして自宅前まできてしまう。
「……送っていただいて、ありがとうございました」
「ん。送ったうちに入るのかわからないけどね?」
拓人は美樹の家のとなり――店のほうをちらりと見てから苦笑いした。
「あ、あの……?」
つないだ右手が、見えない糸で縛られたように――離れない。
拓人は美樹の手をなかなか放そうとしなかった。
「……ごめん。美樹ちゃんの手、柔らかくて……温かくて。放し難いなって」
「――!」
美樹はピクッと肩を揺らして手を引っ込めそうになった。しかし、思いのほか拓人に強く握られていた。
彼の右手がゆっくりと昇り、美樹の手に重なる。両手でぎゅっと、なにか頼み事をするときのように握りしめられる。
もともと赤かった美樹の頬は街頭の薄明かりしかない場所でもよくわかるほどその色を濃くした。さながら、熱した鉄だ。
「美樹ちゃん、俺――」
拓人の顔が、どこか苦しそうにゆがんだとき。
「あれっ? ふたりとも、こんなとこでなにしてんの」
ふたりはパッと手を離す。どちらが先に手放したのかはわからない。
声がしたほうを振り返ると、Gパンのポケットに手を突っ込んだ拓真が立っていた。
「早く家に入りなよ。けっこう冷えてきたから、風邪引くよ」
「そ、そうね……」
美樹はあらぬ方向を見ながら、ふたりに「おやすみなさい」と挨拶する。
「おやすみー。また明日なー」
「……おやすみ」
結局、拓人は言葉の続きを言わずに家へ入っていってしまった。
(拓人さん、なにを言いかけたんだろ……?)
湯船に浸かりながら、拓人の顔を思い浮かべる。
去り際の彼は眉根を寄せていて、さも「邪魔が入った」と言わんばかりの表情だった。
拓人の顔を頭のなかに映し出したまま、言葉の続きを推測してみる。
――自分に都合のいい言葉ばかりが浮かんでくる。
(そ、そんなわけないじゃない!)
手で湯船の湯を掬い、勢いよく顔にバシャッと浴びせて自身を律する美樹だった。