――ネームプレートにくっついていた『研修中』の文字が消え、真新しい制服を着て店に出たその日に、美樹は出端《でばな》をくじかれた。
「あーっ、やっぱりここだ! 熊子《くまこ》のブログに載ってたお店!」
土曜日。開店してすぐのことだ。
店の外からだというのに、はっきりと聞き取れるほどの声量だった。天井まである大窓から外を見やれば、二人組の女性がスマートフォンを店にかざしていた。写真を撮っているようだった。
(……ん? あのひとたち――)
ドクン、と胸が不穏に高鳴る。遠目なのではっきりとはわからないが、知り合いに似ている。
彼女たちはきゃあきゃあとはしゃぎながら店のなかに入ってくる。美樹は思わず、顔を隠してしまいたくなった。
「い、いらっしゃいませ……」
大きな声が出せなかった。挨拶は『明るく元気にはつらつと』を心がけていたのに、できなかった。
「……あら? もしかして、三枝さん?」
ふたりの女性も、美樹のことに気がついた。
元同僚であるふたりは美樹の顔を見るなりクスクスと笑いだした。
――ああ、まただ。いつもこうして笑われていた。「ほんと、三枝さんって使えないわよね」という言葉とともに、笑われていたのだ。
「奇遇ねー! こんなところで遭うなんて! もう再就職先が決まったんだ? 意外」
「うちの会社では失敗ばっかりだったものねぇ? こちらのお店には迷惑かけてなぁいー? 中途半端に放り投げていっちゃって、あのあと大変だったのよぉ。でも、三枝さんがいなくてよけいにはかどってるけどー!」
「やだ、言い過ぎよ!」
女性たちは「あははは」とふたりして笑い合う。
美樹はその場に立ち尽くした。手も足も、口さえも動かない。何て情けないのだろう。
(いつもどおりのことを言えばいいんだ。どうぞごゆっくりご覧になってください、って)
それなのに、お腹に力が入らず、言葉を発することができない。
彼女たちは相変わらず笑っている。ささやくように、小さな声で嘲笑している。
「――いらっしゃいませ」
腹の底に響く、力強い声だった。美樹の肩がビクッと跳ねる。
店の奥から出てきたのは濃いグレーのスーツを着た拓人だ。青年会議所《JC》の集まりにでも行くところだろうか。スラリとした長身の彼は本当に、なにを着ても似合う。
とたんに、元同僚は口もとを押さえて拓人を見る。「なにこのイケメン!」とでも言いたげな顔だ。
拓人はそれ以上、なにを言うでもなく美樹のとなりに立った。
カウンターの下、女性客からは見えないところで、拓人が背をポンッと軽く叩いてくれる。「頑張れ」と言われているようだった。
美樹はこっそりと深呼吸をして、ふたりに向かってにっこりとほほえむ。
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「あーっ、やっぱりここだ! 熊子《くまこ》のブログに載ってたお店!」
土曜日。開店してすぐのことだ。
店の外からだというのに、はっきりと聞き取れるほどの声量だった。天井まである大窓から外を見やれば、二人組の女性がスマートフォンを店にかざしていた。写真を撮っているようだった。
(……ん? あのひとたち――)
ドクン、と胸が不穏に高鳴る。遠目なのではっきりとはわからないが、知り合いに似ている。
彼女たちはきゃあきゃあとはしゃぎながら店のなかに入ってくる。美樹は思わず、顔を隠してしまいたくなった。
「い、いらっしゃいませ……」
大きな声が出せなかった。挨拶は『明るく元気にはつらつと』を心がけていたのに、できなかった。
「……あら? もしかして、三枝さん?」
ふたりの女性も、美樹のことに気がついた。
元同僚であるふたりは美樹の顔を見るなりクスクスと笑いだした。
――ああ、まただ。いつもこうして笑われていた。「ほんと、三枝さんって使えないわよね」という言葉とともに、笑われていたのだ。
「奇遇ねー! こんなところで遭うなんて! もう再就職先が決まったんだ? 意外」
「うちの会社では失敗ばっかりだったものねぇ? こちらのお店には迷惑かけてなぁいー? 中途半端に放り投げていっちゃって、あのあと大変だったのよぉ。でも、三枝さんがいなくてよけいにはかどってるけどー!」
「やだ、言い過ぎよ!」
女性たちは「あははは」とふたりして笑い合う。
美樹はその場に立ち尽くした。手も足も、口さえも動かない。何て情けないのだろう。
(いつもどおりのことを言えばいいんだ。どうぞごゆっくりご覧になってください、って)
それなのに、お腹に力が入らず、言葉を発することができない。
彼女たちは相変わらず笑っている。ささやくように、小さな声で嘲笑している。
「――いらっしゃいませ」
腹の底に響く、力強い声だった。美樹の肩がビクッと跳ねる。
店の奥から出てきたのは濃いグレーのスーツを着た拓人だ。青年会議所《JC》の集まりにでも行くところだろうか。スラリとした長身の彼は本当に、なにを着ても似合う。
とたんに、元同僚は口もとを押さえて拓人を見る。「なにこのイケメン!」とでも言いたげな顔だ。
拓人はそれ以上、なにを言うでもなく美樹のとなりに立った。
カウンターの下、女性客からは見えないところで、拓人が背をポンッと軽く叩いてくれる。「頑張れ」と言われているようだった。
美樹はこっそりと深呼吸をして、ふたりに向かってにっこりとほほえむ。