甘い香りと蜜の味 《 19

 閉店後のショコラ・デ・マノークで、廣瀬 拓人は真っ白なホイップクリームの上に真っ赤なイチゴを飾り付けていた。

「お疲れ様です」

 販売エリアのほうから厨房へやってきた美樹に「お疲れ様」と言葉を返し、いましがた完成したばかりの試作品を小皿に載せ、彼女に差し向ける。

「ねえ、これちょっと味見してみて」
「……や、私はけっこうです」

 ――まただ。
 試食を断られたのは今日で何度目だろう。以前なら、「わぁ、いただきます!」と嬉しそうに言ってすぐに試食してくれた。それなのに、彼女はあの日以来ケーキを食べなくなってしまった。

「お先に失礼します。お疲れ様でした」

 どこか申し訳なさそうにそう言って、美樹はタイムカードを押して裏口から出て行った。
 拓人はガクリと頭を垂れる。ふられた気分だ。
 手に持ったままだった小皿の上の試作品を、片手でつかんで口に入れる。

「……まずい」

 拓人は渋面を浮かべて考え込む。

(やっぱりこのあいだのアレがいけなかった、か……?)

 彼女がかわいくてつい、いたずらが過ぎた。
 『そういうこと』は美樹の両親にきちんと挨拶をしたあとでするつもりだったのに、先走ってしまった。
 あのあとすぐ、彼女の両親には「お付き合いさせてください」と挨拶に行った。快諾されて、一安心したところだが――。
 大切なのは美樹の気持ちだ。性的なことをしたくないと思われるほど嫌悪感を抱かれてしまったのなら、男として堪える。
 彼女の気持ちを知ってしまったいま、性的な衝動を抑えるのにとてつもなく苦労している。自分がこんなにも『そういうこと』への欲求が強かったのだとは知らなかった。
 後片付けをしながら、悶々と美樹のことを考えた。
 閉店作業を終えて二階の自室へ戻り、着替えを済ませる。来週末に控えたJCの会議用の資料づくりをするべくノートパソコンに向かったが、作業はいっこうに進まなかった。
 美樹のことが気になって仕方がない。
 拓人はデスクの端に置いていたスマートフォンを手に取り、美樹に電話を掛けた。

『は、はいっ!?』

 いやに慌てたようすだった。

「ごめん、いま大丈夫かな」
『はいっ、大丈夫、です』

 どうやら出掛けているらしい。家のなかとは違う喧騒だ。

「話したいことがあって、美樹ちゃんの家にお邪魔したいなと思ったけど……外出中かな」

 正確に言うと「話したいこと」ではなく「聞きたいこと」があるのだが、そんなふうに言っては身構えられてしまうだろうから口には出さない。

『す、すみませんっ。いま、ランニング中で……』
「ランニング?」

 そんな趣味があったのかと驚く。

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