甘い香りと蜜の味 《 21

 しかしそうしたあとで、扉は開けっ放しのほうがよかっただろうかと思った。

(まあ、美樹ちゃんは気にしてないようだし……このままでいいか)

 一度、閉めたドアをまた開けるのも不自然だろう。拓人はもとの場所に座り、彼女に話しかける。

「ランニングから帰ってきたばかりだよね? ごめんね」
「いえ、平気です」

 美樹はシャワーを浴びて間もないらしく?が紅潮していた。髪もところどころ濡れていて、色っぽい。

(これはまた……まずいな)

 やはり扉は閉めるべきではなかった。
 拓人は後悔しながら彼女から視線を外し、「いただきます」と言いながらテーブルの上に置かれた紅茶に手をつけた。
 美樹は拓人の向かいに、テーブルを挟んで座った。カーペットの上に座り込み、こちらのようすをうかがってくる。

(そうか、俺が『話がある』と言ったから)

 それで、何事だろうかと考えているのだろう。

「あー……その、単刀直入に訊くけど。最近、俺が作ったケーキを食べてくれないよね。どうして?」
「えっ!?」

 どうやら、無自覚だったようだ。拒絶されたり避けられたりしていたわけではないとわかる。

「拓人さんが作ったケーキ、というか……甘いもの全般、控えてます」
「なんで?」

 美樹は下唇を噛み、なにやら言いづらそうに視線をさまよわせ始めた。

「ねえ、教えて」

 まくし立てると、観念したようにうつむいたあとで、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。

「こ、ここのところ太り気味なんですっ……!」

 ――何だ、そんなことか。
 拓人はとたんに笑顔になる。

「もともと細いんだから大丈夫だよ」
「大丈夫じゃ、ないですってば」

 美樹はお腹のあたりを押さえて、わなわなと唇を震わせる。

「こんな……とても、拓人さんに見せられないです! だからダイエットしてるんですっ」

 そう言い放った美樹の瞳は涙ぐんでいる。

「だって……これから、もっと……ええと……このあいだみたいなことを……するんですよね?」
「――!」

 なんて可愛いらしいのだろう。潤んだ瞳で見上げられ、いますぐにでも押し倒して彼女の服を剥ぎ取りたくなったが、グッと我慢する。

「じゃあ、低カロリーで太りにくいものを作る」

 ――どんな彼女だって好きなのには違いないが、俺のために努力してくれているのだから俺もなにかしたい。

「それ、いいですね!」

 ようやく笑顔になった美樹を見て、拓人は心底ホッとした。

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