甘い香りと蜜の味 《 25

 土曜日。ショコラ・デ・マノークが開店して間もなくのことだった。

「紗耶香さん! お久しぶりですーっ!」
「久しぶりね。うん、元気そうでよかった」

 にっこりとほほえんでいる紗耶香に向かって美樹は「はいっ、元気です」と答える。

「今日はどうされたんですか?」
「ウェディングケーキの打ち合わせに来たの。ああ、そうそう……聞いたわよ」

 紗耶香はニヤリ、といった具合に口の端を吊り上げて、

「拓人さんと付き合ってるんだって? おめでとう! よかったね、美樹ちゃん」
「えっ!?」

 面と向かって「おめでとう」と言われたのは初めてなので、何だか気恥ずかしくなる。

(紗耶香さん、私が拓人さんのことを好きだって知ってたのかな……?)

 美樹は小さな声で「ありがとうございます」と言う。
 ああ、顔が熱い。きっと真っ赤になっていることだろう。
 照れる美樹を見て紗耶香は「ふふっ」と笑う。

「そうだ、招待状のお返事ありがとう。美樹ちゃんの席は拓人さんの隣にしておいたから」
「……!」

 はにかんだような笑顔になった美樹は、もごもごと口ごもりながらも紗耶香に礼を述べるのだった。


 紗耶香の結婚式は彼女の夫となる人の地元で行われた。
 拓人の隣の席だった美樹は主役でもないのに終始どきどきとして落ち着かなかった。
 拓人が製作したウェディングケーキはイチゴやラズベリーが随所に散りばめられていた。三段に渡るケーキは最下部の側面に緻密で優美なデコレーションホイップが施されていて、見る人に感嘆のため息をつかせた。
 上司として、またケーキの製作者として挨拶する拓人もまた素敵で、美樹の心臓はどくどくと鳴りっぱなしだったのである。

「――えっ!?」

 挙式、披露宴、二次会を終えた美樹はあらかじめ紗耶香から受け取っていた式場近くのホテルのフロントで頓狂な声を上げていた。

「うん。俺と美樹ちゃんは同じ部屋みたい。さ、行こう」

 ホテルのフロントでカードキーを受け取った拓人はさして驚いたようすもなく美樹の手を引いてエレベーターホールへ向かう。

(えええ、えっ!? そ、そんな……心の準備がぁぁ!)

 いや、一晩同じ部屋で眠るからといって『なにか』あるとは限らない。

(拓人さんは、私と同じ部屋だって知ってたのかな……?)

 そんなことを考えているあいだに部屋へと到着してしまった。
 扉を開けてすぐに飛び込んできたのは、金銀の宝石を散りばめたような美しい夜景だった。天井まである大窓から見おろす街は光り輝いていて目にまばゆい。

「わあっ、きれい!」
「……そうだね」


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