あいまいな恋の自覚 ~鬼畜な御曹司と淫らな遊び~ 《

転籍先での初勤務を終えた日の夜、宿題つきで家に帰った愛莉はベッドの上でキノコ型玩具とにらめっこをしていた。

(いざ使うってなると、どうしたらいいのかわからない)

ためしに電源を入れてみる。ヴヴヴ、と機械音を発しながらうごめくさまに驚いて、すぐに電源をオフにした。

(そうだ、きっと雰囲気がいけない。こんなに明るい部屋じゃ、そういう気分にもならないし)

愛莉は部屋の明かりを落としてオレンジ色の小さな光だけにした。それからパジャマを脱いで、ショーツ一枚になる。ブラジャーはもともとつけていない。

(それにしても……かっこいい社長だよね)

愛莉は碓氷諒太のことを思い出していた。フワリとした柔らかそうな短めの黒髪に、クッキリとした目鼻立ち。
はじめは怖いと思った声音も、慣れると極上の響きで、近い距離で聞くと蜜奥がにわかにしびれる。この玩具を持たされて迫られたときに、そう感じた。

『今すぐ使え』

「ん……っ」

あの時は尻込みしていたくせに、愛莉はいままさに彼にバイブを使うことを強要されているような妄想を始めていた。下着の上からそっと割れ目にキノコ型を押し当てる。

『もうこんなに湿らせているのか。思ったとおり愛莉は淫乱だ』

「は、ふぅ……」

妄想は止まらない。彼にいじられているつもりでバイブの先端で割れ目を刺激する。しだいに濡れてきて、下着の上からでは物足りなくなってくる。

「んく……っ」

ショーツを脱ぎ捨て、触れずともしこって硬くなっていた乳首をつまむ。それから大きく脚をひらいた。花びらが裂けて中の芽がヒクンヒクンとわずかに収縮している。

「あ、あんっ……ん、ン」

バイブの先端を陰核に押し当て、円を描くようになぶった。蜜壺からは淫液があふれていたから、それをすくい取って滑りをよくする。

「は、ぅ……ん、んぁ」

ただいじっているのには飽きてしまった。愛莉はおそるおそるバイブレーターの電源を入れる。

「あっ、あああっ!」

思わず大声で喘ぐ。小刻みな振動は膨張した肉芽を震わせ、快感は極まっていく。
愛莉は自身を焦らす為にいったん玩具を身体から離し、今度は陰唇にあてがった。蜜壺はちゅぷちゅぷ、と艶かしい音を発しながらキノコ型を呑み込んでいく。

(社長の……は、もっと大きいのかな)

陰核を指で押し捻りながら妄想の続きをする。このバイブは小ぶりなほうのようだから、きっと彼のそれは――……。

「っあ、んん!」

社長に貫かれている自分を想像したときだった。花芽が極まって弾き、蜜壺のなかはバイブをおさめたままビクンビクンと心地よく収縮した。
脱力してベッドに仰向けになる。そのまま眠りそうになった。

(そうだ、報告書……!)

思い出して、飛び起きる。部屋を明るくして、脱ぎ捨てていた下着とパジャマを身につけた。ノートパソコンの電源を入れて椅子に座ると、とたんに冷静になった。

(私……最低。社長をオカズにしちゃうなんて)

性的興奮はすっかり冷め、レポートを書くにはうってつけの状態になる。意図的にそうしたわけではないが、愛莉は淡々とキーボードを打って先ほどの体験を客観視した。

(ええと、タイトルは……)

『バイブレーションの使用による性的興奮に関する報告書』と入力した愛莉はしげしげとそれを眺め、すぐにバックスペースを連打した。

(はっ、恥ずかしくて書けるか! こんなの……っ!)

がくりとこうべを垂れ、キーボードの上に突っ伏す。画面にはわけのわからない文字が羅列されていく。

(でも、報告書を出さなかったらいよいよその場でやらされることになりそうだし)

意味不明な文字の羅列をふたたびバックスペースの連打で消しながら愛莉はふうっと息を吐いた。
仕事、仕事だ。これはれっきとした仕事なのだと自分に言い聞かせて、けっきょくは愛用することになってしまった赤縁眼鏡の端を上げた。


勤務二日目の朝がやってきた。
昨日よりも早めに家を出て、社へ一番乗り……と思いきや、すでに社長が出社していて驚いた。

「おはようございます、社長」

昨晩の妄想のせいで顔を合わせづらかったけれど、そうは言っていられない。妄想は愛莉ただひとりの勝手な都合だ。
愛莉は1階の応接室兼社長室で今日もコワモテの彼に手早く挨拶をして、社内の清掃に取りかかった。

「本社ではいつも始業前に清掃していたのか」

塩野谷の机を拭いているところで社長に話しかけられた。愛莉は手を休めて答える。

「はい。新人のころは毎日していました。最近は早く出社した時だけでしたけど」

社長は「そうか」と言い愛莉を見おろしている。何か用事があるわけではなさそうなのでふたたび机を拭き始める。

「俺も手伝おう。雑巾はどこにある」

愛莉はガバッと顔を上げて驚きの眼差しを社長に向けた。

「いえ、どうぞお気になさらず! こういうことはどこの会社でも当たり前だと思いますし、それに私が勝手にしていることですから」

「だから俺も勝手にやるんだ。自分が使っている部屋くらいは掃除する。で、雑巾はどこだ」

掃除用具室へ向かう社長を愛莉は呼び止める。

「お待ち下さい、雑巾は私が持ってきます」

社長に雑巾を絞らせるわけにはいかない。どうして彼がそんなことまで買って出るのかわからないけれど、おそらくいまの従業員ふたりがあまりにも怠惰だから愛莉の行動を珍しく感じているのだと思う。
愛莉は用具室へ行き、雑巾とは呼べない新品のタオルを棚から出して水に浸して絞った。

「雑巾くらい絞れるのに……きみは俺が何もできないと思ってるのか」

「ひゃっ!?」

すぐ後ろで低い声がして、愛莉は驚きのあまり叫んで肩を揺らした。社長は不機嫌そうに眉根を寄せている。

「違います、社長に雑巾絞りなんてさせるわけにはいきませんから」

「なぜそう思う」

「なぜって……社長は、もっとほかにすることがおありでしょう?」

雑巾を寄越せ、と言わんばかりに手を差し出されたので、愛莉はタオルを四角く折りたたんで彼に渡した。

「……あまりそうもてはやさないで欲しい。社長と呼ぶのも禁止だ」

「え……!? じゃあなんて呼べばいいんですか」

「苗字でいい」

「……碓氷さん?」

「ああ、悪くない」

ポツリとそう言って、碓氷はクルリとまわれ右をして用具室を出て行った。

(……へんなひと)

会話をするだけで疲れてしまった。愛莉はふうっと大きく息を吐いて、ふたたび清掃に取りかかった。


それから約30分後に蜷川と塩野谷が出社してきた。蜷川は社にくるなりさっそく鏡を見ている。塩野谷は社長室へ行きヘコヘコと朝の挨拶をしていた。
この会社は朝礼がないらしい。昨夜、遅くまでかかって書いたレポートを社長室へ出しに行こうとしていると、蜷川に呼び止められた。

「愛莉ちゃん、今日もよろしく」

肩に手を当ててウィンクをしている。愛莉は眼鏡の端を上げて「はい」と返事をした。

「嶋谷くん、少しいいか」

いつからそこにいたのか、社長室と事務室を隔てるドアのところに碓氷が立っていた。愛莉を手招きしている。

「はい、ただいま。蜷川さん、申しわけございませんがのちほど」

「ええ、いいわよ。暇な時で……。あらっ、ここ、シワが目立つ」

蜷川は生返事をして鏡に見入っている。愛莉は報告書を鞄から取り出して社長室へ向かった。

社長室の執務机の前で愛莉は緊張状態のまま突っ立っていた。

(ここは普通、あとで目を通すから下がっていい、でしょ!?)

バイブの使用感レポートを碓氷に提出した愛莉はすぐにそれを読み始めた彼に不満を抱きつつ、下がっていいとの指示もないので彼が報告書を読み終わるのを待っていた。
A4一枚なのに、彼はずいぶんと時間をかけて読んでいる。

「……なるほど、きみの報告書はなかなか興味深い。ほかの商品もジャンル別にひととおり試してみろ」

「えっ……!? いえ、あの」

愛莉は眼鏡の端に手をかけて口ごたえしようとした。けれど、どんなふうに反論すればよいのかわからない。昨日のように丸め込まれてしまうのがオチだ。それでもなんとか断ろうと詭弁を並べていた。

「きみは不愉快なときに眼鏡の端を上げる癖があるようだな」

愛莉はギクリとして右手を引っ込めた。

(え、え……!? そうだっけ)

自覚していない癖を指摘されてあせる。しかしよく考えてみれば確かにそうかもしれない。だが素直に認めたくなかった。

「いえ、そんなことはありません」

「そうか。ではわが社の商品をきみの身体で試すことになんの不快感もないということだな。さあ、倉庫へ行くぞ」

碓氷が椅子から立ち上がる。
またしてもうまく丸め込まれてしまったことに腹が立つけれど、昨日の塩野谷の言葉がグルグルと頭の中をまわっている。

(コ、コンクリづめ……。いや、イヤだっ)

愛莉は碓氷のあとを追って2階へ向かった。
商品倉庫に着くと碓氷はすでにサンプルを物色していた。棚から取り出しては次々と愛莉に手渡してくる。

「あのっ、社長! こんなに試すなんて、無理です。身体がもちません」

「……社長と呼ぶのは禁じたはずだが」

首だけを傾けてこちらをにらんでくる碓氷は本当に恐ろしくて、愛莉は思わず「ひっ」と叫んであとずさった。

「も、申しわけございません……碓氷さん」

「わかってくれればいい。モニター室へ行くぞ」

碓氷にしたがって隣のモニター室へ入る。そこは個人の寝室のようになっていて、ご丁寧に家具や姿見まで置いてある。

「ここ……なんですか? 休憩室……?」

「モニター室だと言っただろう」

ガチャ、と金属音がした。碓氷はモニター室のドアの前にいる。

「あの……なんで鍵をかけるんですか」

「嶋谷くんの報告書はじつに面白かった。実際に使っているところを見てみたいと、そう切望してしまうほどに」

碓氷は愛莉の質問を無視して近づいてくる。愛莉は両手いっぱいにラブグッズを持ったままヨロヨロと後退し、ベッド端まで追いやられた。

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