「だからぁ……ひっく、私はきっと社長に遊ばれてるだけなんです」
フワフワとしていて気持ちがよかった。もう何杯目なのかわからない。いや、このカクテルは一杯目だ。苦いビールには飽きたから、今は甘い酒を飲んでいる。
「そうかなぁ。ああ見えて意外と真面目だよ、諒太くんは。なんたって俺の従兄弟だし」
要も相当な量の酒を飲んでいる。それなのに顔色ひとつ変わっていない。
「イトコ……? へえ、それであんなに親しいんですか。そうですよね、親戚でもなけりゃあんなコワモテの人にちょっかい出せないですよ」
「だよねっ、だよね! なんたって極道だもんね!」
塩野谷は大いにうなずいている。すると要は「なに言ってんの?」とつぶやいて首をかしげた。
「諒太くんが極道なわけないじゃん。普通の家だよ。でかいだけで」
「うっそだぁ。だって殺気が出てますもん! 次から次に無理難題な仕事を押しつけてくる鬼畜だし。ね、愛莉ちゃんっ」
「――誰が殺気が出てるって?」
塩野谷の言葉に同意する前に本当に殺気を感じた。
低い声に驚きつつ振り向くと、そこにはうわさの鬼畜社長がいた。その隣には私服姿の蜷川もいて、呑気にこちらに手を振っている。
「おー、遅かったねふたりとも」
要が手招きするのと同時に塩野谷が立ち上がる。
「しゃしゃしゃ社長っ! どうぞどうぞ、こちらの奥の席へ! 愛莉ちゃんっ、社長の隣に座って」
「いっ、いえ、ここは順番的に塩野谷さんでしょ」
愛莉と塩野谷がモタモタしているあいだに蜷川は靴を脱いできちんとそろえ、要の隣に座った。碓氷は仏頂面のまま上がり込む。
「嶋谷くん、隣に座れ。酌をしろ」
「は、はひっ!」
ろれつがまわらないのは酔っているせいか緊張のせいかわからない。愛莉はヨタヨタと碓氷の隣に腰かけ、黒縁眼鏡の店員が気を利かせて持ってきてくれたキープボトルの焼酎をグラスに注いだ。
愛莉の向こう側から塩野谷がへつらう。
「でも、その……珍しいですね、社長がいらっしゃるなんて……、いえ、もちろん嬉しいです! 社長と一緒に飲めるなんて、最高です!」
先ほどのしれごとを払拭したいのか、塩野谷はいつものようにヘコヘコと取り繕っている。いっぽうの碓氷はそんな彼を完全に無視して焼酎を一気飲みした。
「わあ、素晴らしい飲みっぷりですね!」
「……少し静かにしていてくれないか、塩野谷くん」
碓氷のひとことで個室内はシンと静まり返った。場の空気が凍る。
「もう、諒太くんたらー、なにカリカリしてんのさ。そんなんだから極道だなんて勘違いされるんだよ。ねえ愛莉ちゃん」
「かっ、要さん! よけいなこと言わないで下さい」
「ノーノー。要くん、だってば」
「いえ、ですからそれは」
ダンッと大きな音がした。驚いて言葉を切る。碓氷がグラスを机の上に置いたのだ。とてつもない勢いで。
「嶋谷くんはコイツのことを名前で呼んでるのか」
「は、い……えっと」
言いわけしようとしている自分に驚いて、口をつぐむ。上司を名前で呼ぶくらい、別にたいしたことではない。彼がそうしろと言ったのだから、しかたがない。
「……きみも飲め」
碓氷が飲んでいたグラスを渡される。わけがわからずグラスと碓氷を交互に見つめる。
そのうち彼の威圧的な眼差しに耐えきれなくなって、愛莉は米焼酎を一気に飲み干した。
***
誰かに抱かれて眠る感覚は久しぶりだった。
「ん……」
夢にしたってずいぶんとリアリティがある。触れ合う肌の温もり、相手の吐息、腰に巻きつけられた腕の拘束感。
昨日、会社で碓氷に秘部をいじられたから欲求不満なのだろうか。こんな夢を見てしまうほど飢えているなんて。
ピリリリ、と聞きなれない目覚まし時計の音がする。電子音まで妙に現実的で、ぼんやりとしていた頭がしだいに晴れていく。
「う……え、お……!?」
五十音のはじまりを読んでみたわけではない。はじめの『う』は碓氷と言いたかったのだ。あとの言葉は自分でもよくわからない。
「ああ……すまない、起こしてしまったな」
眼鏡をかけていなくてもわかる位置に彼の顔がある。気だるそうにまぶたをこすっている仕草はいつになく子どもっぽく見えた。
「ふぇ、あ、う……っ」
「どうした、まだ酔っ払ってるのか。それとも寝ぼけてるのか?」
違う、混乱しているのだ。ここはどこなのか、いま何時なのか、なぜ彼と裸で抱き合って寝ているのか。疑問がありすぎて、どれから片づければいいのやら。
「覚まさせてやるよ」
「……っ!?」
頬をちゅうっと吸われ、それだけでも顔面の熱が上がってめまいを起こしそうだったのに、無防備にさらけ出されているふくらみのいただきをカリッと引っかかれて、愛莉は卒倒しそうだった。
「な、碓氷さん……っ、あの、待って」
「諒太だ。言ったろ、名前で呼べと」
ますます混乱した。たしか、名前で呼ぶように言われていたのは専務の要のほうだ。けれどそんなことはいま問題ではない。ふくらみを中心に脇腹や背中を這いまわる彼の手を制して話をしなくては。
「あの、待って下さい、なんで……こんな……ぁ、ゃ……っ! やめ……ん、っふ……!」
「なぜって……まさか覚えてないのか?」
碓氷は乳首をつまみ上げるのをやめずに愛莉を見つめている。うなずくと、彼は不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「そうか。では思い出すまでいじってやる」
「なっ、ぁ……っ!?」
右肩を押され、仰向けになる。背に当たるシーツは自分の家のものよりも柔らかい。碓氷は愛莉に馬乗りになって、双乳に顔を寄せた。乳頭を指でクニクニとひねられている。
「ぁっ……の、碓氷さ……ん、痛っ……!」
脳天を突き抜ける鋭い痛み。彼の舌が乳首に触れたから起こった痛みではない。きっと二日酔いのせいだ。こめかみを押さえる。
「……頭が痛いのか?」
静かにそう言って、碓氷は身を起こした。しばし間があって、愛莉はそのあいだに両腕を前に持ってきて乳房を隠した。
「食欲はあるか? 薬を飲むにしても、何か腹に入れたほうがいいだろう。そうは言ってもトーストくらいしかないが」
のそりと起き上がって裸のまま部屋を出て行く碓氷を見送る。
愛莉はかけ布団を引き寄せて、出入り口に背を向けて横たわった。すうっと大きく息を吸い込むと、煙草の香りがした。
碓氷が別の部屋へ行っているあいだに愛莉はベッドのまわりに散らばっていた自分の衣服を集めて身につけた。
彼の服も無造作に落ちていたから、拾い集めてたたみ、ベッド端に置く。
(どうしてこんなことになってるんだろう?)
ベット脇の机に置いてあった赤縁眼鏡をかけて大きく深呼吸をする。すると、彼のものと思われる足音が聞こえてきた。
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フワフワとしていて気持ちがよかった。もう何杯目なのかわからない。いや、このカクテルは一杯目だ。苦いビールには飽きたから、今は甘い酒を飲んでいる。
「そうかなぁ。ああ見えて意外と真面目だよ、諒太くんは。なんたって俺の従兄弟だし」
要も相当な量の酒を飲んでいる。それなのに顔色ひとつ変わっていない。
「イトコ……? へえ、それであんなに親しいんですか。そうですよね、親戚でもなけりゃあんなコワモテの人にちょっかい出せないですよ」
「だよねっ、だよね! なんたって極道だもんね!」
塩野谷は大いにうなずいている。すると要は「なに言ってんの?」とつぶやいて首をかしげた。
「諒太くんが極道なわけないじゃん。普通の家だよ。でかいだけで」
「うっそだぁ。だって殺気が出てますもん! 次から次に無理難題な仕事を押しつけてくる鬼畜だし。ね、愛莉ちゃんっ」
「――誰が殺気が出てるって?」
塩野谷の言葉に同意する前に本当に殺気を感じた。
低い声に驚きつつ振り向くと、そこにはうわさの鬼畜社長がいた。その隣には私服姿の蜷川もいて、呑気にこちらに手を振っている。
「おー、遅かったねふたりとも」
要が手招きするのと同時に塩野谷が立ち上がる。
「しゃしゃしゃ社長っ! どうぞどうぞ、こちらの奥の席へ! 愛莉ちゃんっ、社長の隣に座って」
「いっ、いえ、ここは順番的に塩野谷さんでしょ」
愛莉と塩野谷がモタモタしているあいだに蜷川は靴を脱いできちんとそろえ、要の隣に座った。碓氷は仏頂面のまま上がり込む。
「嶋谷くん、隣に座れ。酌をしろ」
「は、はひっ!」
ろれつがまわらないのは酔っているせいか緊張のせいかわからない。愛莉はヨタヨタと碓氷の隣に腰かけ、黒縁眼鏡の店員が気を利かせて持ってきてくれたキープボトルの焼酎をグラスに注いだ。
愛莉の向こう側から塩野谷がへつらう。
「でも、その……珍しいですね、社長がいらっしゃるなんて……、いえ、もちろん嬉しいです! 社長と一緒に飲めるなんて、最高です!」
先ほどのしれごとを払拭したいのか、塩野谷はいつものようにヘコヘコと取り繕っている。いっぽうの碓氷はそんな彼を完全に無視して焼酎を一気飲みした。
「わあ、素晴らしい飲みっぷりですね!」
「……少し静かにしていてくれないか、塩野谷くん」
碓氷のひとことで個室内はシンと静まり返った。場の空気が凍る。
「もう、諒太くんたらー、なにカリカリしてんのさ。そんなんだから極道だなんて勘違いされるんだよ。ねえ愛莉ちゃん」
「かっ、要さん! よけいなこと言わないで下さい」
「ノーノー。要くん、だってば」
「いえ、ですからそれは」
ダンッと大きな音がした。驚いて言葉を切る。碓氷がグラスを机の上に置いたのだ。とてつもない勢いで。
「嶋谷くんはコイツのことを名前で呼んでるのか」
「は、い……えっと」
言いわけしようとしている自分に驚いて、口をつぐむ。上司を名前で呼ぶくらい、別にたいしたことではない。彼がそうしろと言ったのだから、しかたがない。
「……きみも飲め」
碓氷が飲んでいたグラスを渡される。わけがわからずグラスと碓氷を交互に見つめる。
そのうち彼の威圧的な眼差しに耐えきれなくなって、愛莉は米焼酎を一気に飲み干した。
***
誰かに抱かれて眠る感覚は久しぶりだった。
「ん……」
夢にしたってずいぶんとリアリティがある。触れ合う肌の温もり、相手の吐息、腰に巻きつけられた腕の拘束感。
昨日、会社で碓氷に秘部をいじられたから欲求不満なのだろうか。こんな夢を見てしまうほど飢えているなんて。
ピリリリ、と聞きなれない目覚まし時計の音がする。電子音まで妙に現実的で、ぼんやりとしていた頭がしだいに晴れていく。
「う……え、お……!?」
五十音のはじまりを読んでみたわけではない。はじめの『う』は碓氷と言いたかったのだ。あとの言葉は自分でもよくわからない。
「ああ……すまない、起こしてしまったな」
眼鏡をかけていなくてもわかる位置に彼の顔がある。気だるそうにまぶたをこすっている仕草はいつになく子どもっぽく見えた。
「ふぇ、あ、う……っ」
「どうした、まだ酔っ払ってるのか。それとも寝ぼけてるのか?」
違う、混乱しているのだ。ここはどこなのか、いま何時なのか、なぜ彼と裸で抱き合って寝ているのか。疑問がありすぎて、どれから片づければいいのやら。
「覚まさせてやるよ」
「……っ!?」
頬をちゅうっと吸われ、それだけでも顔面の熱が上がってめまいを起こしそうだったのに、無防備にさらけ出されているふくらみのいただきをカリッと引っかかれて、愛莉は卒倒しそうだった。
「な、碓氷さん……っ、あの、待って」
「諒太だ。言ったろ、名前で呼べと」
ますます混乱した。たしか、名前で呼ぶように言われていたのは専務の要のほうだ。けれどそんなことはいま問題ではない。ふくらみを中心に脇腹や背中を這いまわる彼の手を制して話をしなくては。
「あの、待って下さい、なんで……こんな……ぁ、ゃ……っ! やめ……ん、っふ……!」
「なぜって……まさか覚えてないのか?」
碓氷は乳首をつまみ上げるのをやめずに愛莉を見つめている。うなずくと、彼は不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「そうか。では思い出すまでいじってやる」
「なっ、ぁ……っ!?」
右肩を押され、仰向けになる。背に当たるシーツは自分の家のものよりも柔らかい。碓氷は愛莉に馬乗りになって、双乳に顔を寄せた。乳頭を指でクニクニとひねられている。
「ぁっ……の、碓氷さ……ん、痛っ……!」
脳天を突き抜ける鋭い痛み。彼の舌が乳首に触れたから起こった痛みではない。きっと二日酔いのせいだ。こめかみを押さえる。
「……頭が痛いのか?」
静かにそう言って、碓氷は身を起こした。しばし間があって、愛莉はそのあいだに両腕を前に持ってきて乳房を隠した。
「食欲はあるか? 薬を飲むにしても、何か腹に入れたほうがいいだろう。そうは言ってもトーストくらいしかないが」
のそりと起き上がって裸のまま部屋を出て行く碓氷を見送る。
愛莉はかけ布団を引き寄せて、出入り口に背を向けて横たわった。すうっと大きく息を吸い込むと、煙草の香りがした。
碓氷が別の部屋へ行っているあいだに愛莉はベッドのまわりに散らばっていた自分の衣服を集めて身につけた。
彼の服も無造作に落ちていたから、拾い集めてたたみ、ベッド端に置く。
(どうしてこんなことになってるんだろう?)
ベット脇の机に置いてあった赤縁眼鏡をかけて大きく深呼吸をする。すると、彼のものと思われる足音が聞こえてきた。