「……大丈夫か?」
気遣わしげな声が降ってくる。愛莉は力なくうなずいた。
碓氷は果てた陰茎をそっと引き抜き、愛莉の身体を抱え上げた。そのまま湯船へ向かって歩き、ゆっくりと湯に浸かる。
しばらくはされるがままだった。頬に張りついていた髪をぬぐわれて、だんだんと興奮が引いて冷静になる。
(……どうしよう、離れなくちゃ)
彼のひざを尻に敷いて胸にもたれかかるこの体勢はまったくもって落ち着かない。
まして、先ほどは自分から彼の肉棒を求めてしまったのだ。バツが悪いのもあって、愛莉はおずおずと口をひらく。
「えっと……少し、離れますね」
身をよじって彼から距離を取ろうとしていると、腕には逆に力が込められたようだった。
「……なぜ」
「なぜって……重いですよね? 私」
「羽根のように軽いとまでは言わないが、湯のなかだから重くはない」
真顔でのぞき込まれ、愛莉はとっさにうつむいた。唇が触れそうになったからだ。彼のほうはもしかしたら、そのつもりだったのかもしれない。
「と、とにかく……離れます。せっかくこんなに広い湯船なんだし」
「どうしてそんなに離れたがるんだ」
とがめるように言われ、気圧される。眉間に寄ったシワは不機嫌を象徴している。
「だ、だって……何だか気まずいから」
「いったい何が気まずいって言うんだ。きみの気持ちはまったく理解できない」
「な……っ」
少しだけカチンときた。彼は愛莉の気持ちなどこれっぽっちも推察していないのだろう。わかってもらえないのが癪で、愛莉はそっぽを向く。
「商品サンプルは試し終わったんだから、もういいですよね? 私は先に上がります。それに、いつまでも居てはご迷惑でしょうから帰り――……っん、う!」
強引に顔を彼のほうに戻されて、唇を塞がれる。拒むように彼の胸に両手をつくと、それを押し込めるように碓氷は愛莉の身体をきつく抱き締めた。
「ん、ん……っ」
口腔に入ってきた彼の舌にどう対処すべきか考える。そうしているうちに絡め取られて、湯温が高いせいか互いの舌まで熱く、ぴちゃぴちゃと卑猥な水音まで立ち始めたから、恥ずかしさと湯気のせいでとにかく暑い。クラクラする。
「っふ……。碓氷さん――」
あなたはなにを考えているの。
少しだけ唇が離れた隙に息を吸って吐いて、そう尋ねようとしていたらまた唇が重なった。今度はキスと同時に背中と脇腹のあいまいな境い目を両手で撫でまわされている。くすぐったくて身体をモジモジと動かす。
「んっ! ……ンン、……ッ」
彼の両手が前面にやってくる。湯に埋もれた乳頭をツンツンと探るように突ついている。
「碓氷さん……っぁ……さっきの、媚薬って……水溶性ですか……?」
「そうだが、それがなにか?」
至近距離で互いに口をひらいているから、ぶつかり合う吐息が熱い。
(媚薬はお湯で溶けてる。効果はもうないはずなのに、どうしてこんなに……)
乳頭をひねる指はお湯よりも熱いんじゃないかと思ってしまう。
それくらい刺激的で、力を込めてつままれると高らかに喘いでしまう。
至高の快感を味わったばかりだと言うのに、どうしてこんなに貪欲なんだろうと、われながらあきれてしまう。
「ふぁっ、う……ぁぁ……ん……!」
無意識に彼を見上げた。そのことに気がついたのは、彼が視線を逸らしたからだった。
(あ……また……)
あわててうつむく。愛莉が顔を上げるのは彼にとって迷惑な行為なのだろうか。
彼は、愛莉の身体だけをもてあそびたいのだろうか。
「……どうした?」
今度は愛莉が目を伏せる。彼の行動がわからない。こちらから見上げると逸らすくせに、向こうは無遠慮に見つめてくるから、何だか矛盾している。
「あの……碓氷さんは……どういうつもりで、こんな……っぁ、ん」
「……わからないか?」
わかりません、と答えることはできなかった。
潤いを保ったままだった蜜口には硬さを取り戻した雄棒が当たっている。
湯の浮力で身体は軽々と持ち上げられ、水中の摩擦などものともせず突き刺さる。
「アッ……ぁ、んぅ……ッ!」
キュ、キュと短いスパンでこすり立てられる。碓氷は小刻みに腰を上下させ、湯面を波立たせる乳房を押さえるようにつかみ直した。
「はふっ……ぁ、んうっ……」
視線は絡まない。互いに目と目を見ない。
(あまり目を合わせてくれないのは、やっぱり遊びだから? そうだとしたら、何てみだらな遊びなの)
セックスの最中だと言うのに愛莉は行為をそっちのけでそんなことを考えていた。すると突然、碓氷が苦しそうに眉根を寄せた。
「ああ……溺れてしまいそうだ」
「え……っ!? 大丈夫ですか」
愛莉がうえに乗っているせいで、重くて湯の中に沈み込んでしまうのかと思った。あるいは、意識が遠くなっているのかと本気で心配した。
「違う、そういう意味じゃなくて……っく、はは」
碓氷は目を丸くしたあと、にこやかに目を細めた。口もとに手を当てて笑っている。
愛莉はどうやら勘違いしたようで、でもそうでないならいったい何なのだと聞きたい。
けれど碓氷はしばらくそうして笑っていて、尋ねるタイミング逃してしまった。
「……そろそろ出ませんか」
愛莉は頬を染めて進言した。湯のなかに浸かりすぎてのぼせているのもあるけど、彼の笑顔を好きだと思ってしまったから、早く終わらせたかった。
(聞きたい、彼の気持ち)
しかし同時に怖くもある。やっぱりこれは単なる遊びで、ただの上司と部下だと言われるのが怖いのだ。
どうしようもなく彼を好きになってしまう前に離れたい。そう思ってしまうのは愛莉が恋愛に臆病なほうだからかもしれない。
「そろそろ出してもいいってことか?」
なにを言っているのだろうと固まる。よくよく考えて、愛莉はいっそう赤面した。
そろそろ出ませんか、というのは湯船から出ることを意味していたのに、未だにつながったままの下半身に彼の精液を放出することを催促していると思われたのだ。
「ちっ、違います! 湯船から、出……っぁ、アンッ!」
グンッと強く突き上げられる。
きっと碓氷は先ほどの愛莉の言葉の意味を正しく理解している。いたずらが成功したときのような顔をしてニヤニヤとほほえんでいるからだ。
「碓氷さん、からかわないでくださ……っぃ、あっ……!」
「悪い、きみがうろたえる姿が面白くて……つい」
詫びのつもりなのか、碓氷は一段と激しく腰を揺すった。
肉襞は振り幅の狭い律動に悦びさらに蜜をあふれさせ、けれど男根が蓋をしているから逃げ場をなくして溜まり込む。
とろけきった蜜壺は潤いをたたえて絶頂へと昇りつめていく。
「あっ、ああ……ッ、だめ、もう……あ、ひぁぁっ……!」
高揚感が襲う。再び怖くなった。この感覚が病みつきになってしまいそうで恐ろしい。
もともとクラクラしていた頭のなかはいよいよ酩酊したような状態になり、意識を保っていられなくなった。
***
頬に風を感じてまぶたを開ける。
瞳にチラチラと映るのは田園風景を描いた絵だ。凝らして見てみると、それがうちわに描かれたものだとわかった。
「あれ……えっと、私……」
「平気か? ……のぼせていたようだが」
愛莉は碓氷のひざのうえに頭を預けて横たわっていた。足はソファに投げ出している。浴室ではなくリビングの柔らかいソファだ。
「……大丈夫、です」
とはいえまだ頭がハッキリしない。ぼうっとうちわを眺める。温泉旅館のお土産コーナーで売ってありそうな代物だ。
置き薬といい、碓氷は田舎のおばあちゃんのようなアイテムを持っている。彼の見た目や言動には似つかわしくなくて、何だかおかしくなる。
「どうした、ニヤニヤして」
「いえ、その……って、すみません! いつまでも扇いでいただいて」
愛莉はハッとして飛び起きた。その拍子に身体にかけてあったバスタオルがハラリと落ちる。
「わわ……っ」
慌てて胸もとを隠すと、碓氷は表情を変えぬまま言う。
「今さら隠さなくても、きみの身体は隅々まで把握している」
愛莉の意識はふたたび遠のきそうになった。
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気遣わしげな声が降ってくる。愛莉は力なくうなずいた。
碓氷は果てた陰茎をそっと引き抜き、愛莉の身体を抱え上げた。そのまま湯船へ向かって歩き、ゆっくりと湯に浸かる。
しばらくはされるがままだった。頬に張りついていた髪をぬぐわれて、だんだんと興奮が引いて冷静になる。
(……どうしよう、離れなくちゃ)
彼のひざを尻に敷いて胸にもたれかかるこの体勢はまったくもって落ち着かない。
まして、先ほどは自分から彼の肉棒を求めてしまったのだ。バツが悪いのもあって、愛莉はおずおずと口をひらく。
「えっと……少し、離れますね」
身をよじって彼から距離を取ろうとしていると、腕には逆に力が込められたようだった。
「……なぜ」
「なぜって……重いですよね? 私」
「羽根のように軽いとまでは言わないが、湯のなかだから重くはない」
真顔でのぞき込まれ、愛莉はとっさにうつむいた。唇が触れそうになったからだ。彼のほうはもしかしたら、そのつもりだったのかもしれない。
「と、とにかく……離れます。せっかくこんなに広い湯船なんだし」
「どうしてそんなに離れたがるんだ」
とがめるように言われ、気圧される。眉間に寄ったシワは不機嫌を象徴している。
「だ、だって……何だか気まずいから」
「いったい何が気まずいって言うんだ。きみの気持ちはまったく理解できない」
「な……っ」
少しだけカチンときた。彼は愛莉の気持ちなどこれっぽっちも推察していないのだろう。わかってもらえないのが癪で、愛莉はそっぽを向く。
「商品サンプルは試し終わったんだから、もういいですよね? 私は先に上がります。それに、いつまでも居てはご迷惑でしょうから帰り――……っん、う!」
強引に顔を彼のほうに戻されて、唇を塞がれる。拒むように彼の胸に両手をつくと、それを押し込めるように碓氷は愛莉の身体をきつく抱き締めた。
「ん、ん……っ」
口腔に入ってきた彼の舌にどう対処すべきか考える。そうしているうちに絡め取られて、湯温が高いせいか互いの舌まで熱く、ぴちゃぴちゃと卑猥な水音まで立ち始めたから、恥ずかしさと湯気のせいでとにかく暑い。クラクラする。
「っふ……。碓氷さん――」
あなたはなにを考えているの。
少しだけ唇が離れた隙に息を吸って吐いて、そう尋ねようとしていたらまた唇が重なった。今度はキスと同時に背中と脇腹のあいまいな境い目を両手で撫でまわされている。くすぐったくて身体をモジモジと動かす。
「んっ! ……ンン、……ッ」
彼の両手が前面にやってくる。湯に埋もれた乳頭をツンツンと探るように突ついている。
「碓氷さん……っぁ……さっきの、媚薬って……水溶性ですか……?」
「そうだが、それがなにか?」
至近距離で互いに口をひらいているから、ぶつかり合う吐息が熱い。
(媚薬はお湯で溶けてる。効果はもうないはずなのに、どうしてこんなに……)
乳頭をひねる指はお湯よりも熱いんじゃないかと思ってしまう。
それくらい刺激的で、力を込めてつままれると高らかに喘いでしまう。
至高の快感を味わったばかりだと言うのに、どうしてこんなに貪欲なんだろうと、われながらあきれてしまう。
「ふぁっ、う……ぁぁ……ん……!」
無意識に彼を見上げた。そのことに気がついたのは、彼が視線を逸らしたからだった。
(あ……また……)
あわててうつむく。愛莉が顔を上げるのは彼にとって迷惑な行為なのだろうか。
彼は、愛莉の身体だけをもてあそびたいのだろうか。
「……どうした?」
今度は愛莉が目を伏せる。彼の行動がわからない。こちらから見上げると逸らすくせに、向こうは無遠慮に見つめてくるから、何だか矛盾している。
「あの……碓氷さんは……どういうつもりで、こんな……っぁ、ん」
「……わからないか?」
わかりません、と答えることはできなかった。
潤いを保ったままだった蜜口には硬さを取り戻した雄棒が当たっている。
湯の浮力で身体は軽々と持ち上げられ、水中の摩擦などものともせず突き刺さる。
「アッ……ぁ、んぅ……ッ!」
キュ、キュと短いスパンでこすり立てられる。碓氷は小刻みに腰を上下させ、湯面を波立たせる乳房を押さえるようにつかみ直した。
「はふっ……ぁ、んうっ……」
視線は絡まない。互いに目と目を見ない。
(あまり目を合わせてくれないのは、やっぱり遊びだから? そうだとしたら、何てみだらな遊びなの)
セックスの最中だと言うのに愛莉は行為をそっちのけでそんなことを考えていた。すると突然、碓氷が苦しそうに眉根を寄せた。
「ああ……溺れてしまいそうだ」
「え……っ!? 大丈夫ですか」
愛莉がうえに乗っているせいで、重くて湯の中に沈み込んでしまうのかと思った。あるいは、意識が遠くなっているのかと本気で心配した。
「違う、そういう意味じゃなくて……っく、はは」
碓氷は目を丸くしたあと、にこやかに目を細めた。口もとに手を当てて笑っている。
愛莉はどうやら勘違いしたようで、でもそうでないならいったい何なのだと聞きたい。
けれど碓氷はしばらくそうして笑っていて、尋ねるタイミング逃してしまった。
「……そろそろ出ませんか」
愛莉は頬を染めて進言した。湯のなかに浸かりすぎてのぼせているのもあるけど、彼の笑顔を好きだと思ってしまったから、早く終わらせたかった。
(聞きたい、彼の気持ち)
しかし同時に怖くもある。やっぱりこれは単なる遊びで、ただの上司と部下だと言われるのが怖いのだ。
どうしようもなく彼を好きになってしまう前に離れたい。そう思ってしまうのは愛莉が恋愛に臆病なほうだからかもしれない。
「そろそろ出してもいいってことか?」
なにを言っているのだろうと固まる。よくよく考えて、愛莉はいっそう赤面した。
そろそろ出ませんか、というのは湯船から出ることを意味していたのに、未だにつながったままの下半身に彼の精液を放出することを催促していると思われたのだ。
「ちっ、違います! 湯船から、出……っぁ、アンッ!」
グンッと強く突き上げられる。
きっと碓氷は先ほどの愛莉の言葉の意味を正しく理解している。いたずらが成功したときのような顔をしてニヤニヤとほほえんでいるからだ。
「碓氷さん、からかわないでくださ……っぃ、あっ……!」
「悪い、きみがうろたえる姿が面白くて……つい」
詫びのつもりなのか、碓氷は一段と激しく腰を揺すった。
肉襞は振り幅の狭い律動に悦びさらに蜜をあふれさせ、けれど男根が蓋をしているから逃げ場をなくして溜まり込む。
とろけきった蜜壺は潤いをたたえて絶頂へと昇りつめていく。
「あっ、ああ……ッ、だめ、もう……あ、ひぁぁっ……!」
高揚感が襲う。再び怖くなった。この感覚が病みつきになってしまいそうで恐ろしい。
もともとクラクラしていた頭のなかはいよいよ酩酊したような状態になり、意識を保っていられなくなった。
***
頬に風を感じてまぶたを開ける。
瞳にチラチラと映るのは田園風景を描いた絵だ。凝らして見てみると、それがうちわに描かれたものだとわかった。
「あれ……えっと、私……」
「平気か? ……のぼせていたようだが」
愛莉は碓氷のひざのうえに頭を預けて横たわっていた。足はソファに投げ出している。浴室ではなくリビングの柔らかいソファだ。
「……大丈夫、です」
とはいえまだ頭がハッキリしない。ぼうっとうちわを眺める。温泉旅館のお土産コーナーで売ってありそうな代物だ。
置き薬といい、碓氷は田舎のおばあちゃんのようなアイテムを持っている。彼の見た目や言動には似つかわしくなくて、何だかおかしくなる。
「どうした、ニヤニヤして」
「いえ、その……って、すみません! いつまでも扇いでいただいて」
愛莉はハッとして飛び起きた。その拍子に身体にかけてあったバスタオルがハラリと落ちる。
「わわ……っ」
慌てて胸もとを隠すと、碓氷は表情を変えぬまま言う。
「今さら隠さなくても、きみの身体は隅々まで把握している」
愛莉の意識はふたたび遠のきそうになった。