部長ときららが理沙の部屋で食事を取り始めて約二週間が経った。
初めは気を遣って安らげずにいたのだが、しだいに慣れてきた。部長は口数が少ないから、気にしなければ空気みたいな存在だ。
部長はほとんど毎日、理沙の部屋にやってくる。理沙のほうが早く帰宅するから、料理を作り終わったころにきららを連れてスーツのまま部屋に上がり込んで、黙々とご飯を食べている。
そのあとは理沙が片付けをしているあいだにテレビを見て、ぶっきらぼうに「おやすみ」と言って帰っていくのだ。
今日も特に連絡がなかったから、部長は部屋にくるだろう。理沙は冷蔵庫の中身とにらめっこして、献立を決めた。
しばらくして玄関チャイムが鳴った。当たり前のように部長と子猫を迎え入れる。
「……最近、食材が乏しくないか」
ギクッ。さすが般若、するどい。
「月末は食費が厳しいんです」
理沙は口を尖らせた。ひとりぶんもふたりぶんも作る手間はたいして変わらないが、材料費はそうはいかない。
工夫を凝らして料理しても、食材不足は補えないのだ。
部長はなにを思ったのか、食べるのを中断してスラックスのポケットから財布を取り出した。
そして無言で札束を差し出してきた。
「やだ、そんなつもりで言ったんじゃありません」
「食事を世話になってるんだ、払うのは当然だ。むしろいままで気がつかなくて悪かった」
「……こんなに要りません」
理沙は食材ぶんの金額を抜き取って、残りは返そうとしていた。
「家政婦を雇っていると思えば安い。素直に受け取れ」
かっ、家政婦!?
ほとんど毎晩、顔を合わせるようになって、少しは打ち解けてきたかと思ったが、そんなことはない。
部長の嫌味は栄養不足なんかじゃないらしい。
「ありがたくいただきますっ。部長、ちゃんと毎月払ってくださいよ! 忘れてたら請求しますからっ」
「わかってる」
部長はすました顔で今晩のおかずである煮物をふたたび食べ始めた。なぜだか腹が立つ。
「きらら~」
こんなときは癒しを求めざるを得ない。
理沙は部屋の隅でまどろんでいた子猫に近づいて背中を撫でた。するときららは「にゃんっ」と鳴きながら理沙のスカートに潜り込んできた。
「やっ、きららのエッチ!」
スカートをまくって子猫をつかまえる。
……あれ。いまこの部屋には部長もいるんだっけ。存在感がないからつい忘れてしまう。
「部長……見てませんよね?」
きららを抱き上げて、スカートのすそを正しながら部長を見やる。しばしの、沈黙。
「意外と少女趣味だな」
ポツリと言われ、頭に血が上る。
「見たんですか!? 最低っ!」
「おまえが勝手に見せてきたんだろ」
「みっ、見せてなんか……!もう、さっさと食べて帰ってくださいよ!」
「飯ぐらいゆっくり食わせろ。だいたいおまえの下着を見たところで何の欲も湧いてこないから安心しろ」
「……セクハラで訴えますよっ」
「俺が訴えたいくらいだ。見たくもないものを見せられたんだから」
(きぃーっ、悔しい! いっつも言いくるめられちゃう) 負けじと、なにか反論できないか言葉を探す。
「にゃああぁー」
そんな不毛な言い争いはやめるにゃ! と言われている気がして、理沙はふんっと息巻いて、喧嘩の仲裁をしてくれたらしい子猫を抱き締めた。
初めは気を遣って安らげずにいたのだが、しだいに慣れてきた。部長は口数が少ないから、気にしなければ空気みたいな存在だ。
部長はほとんど毎日、理沙の部屋にやってくる。理沙のほうが早く帰宅するから、料理を作り終わったころにきららを連れてスーツのまま部屋に上がり込んで、黙々とご飯を食べている。
そのあとは理沙が片付けをしているあいだにテレビを見て、ぶっきらぼうに「おやすみ」と言って帰っていくのだ。
今日も特に連絡がなかったから、部長は部屋にくるだろう。理沙は冷蔵庫の中身とにらめっこして、献立を決めた。
しばらくして玄関チャイムが鳴った。当たり前のように部長と子猫を迎え入れる。
「……最近、食材が乏しくないか」
ギクッ。さすが般若、するどい。
「月末は食費が厳しいんです」
理沙は口を尖らせた。ひとりぶんもふたりぶんも作る手間はたいして変わらないが、材料費はそうはいかない。
工夫を凝らして料理しても、食材不足は補えないのだ。
部長はなにを思ったのか、食べるのを中断してスラックスのポケットから財布を取り出した。
そして無言で札束を差し出してきた。
「やだ、そんなつもりで言ったんじゃありません」
「食事を世話になってるんだ、払うのは当然だ。むしろいままで気がつかなくて悪かった」
「……こんなに要りません」
理沙は食材ぶんの金額を抜き取って、残りは返そうとしていた。
「家政婦を雇っていると思えば安い。素直に受け取れ」
かっ、家政婦!?
ほとんど毎晩、顔を合わせるようになって、少しは打ち解けてきたかと思ったが、そんなことはない。
部長の嫌味は栄養不足なんかじゃないらしい。
「ありがたくいただきますっ。部長、ちゃんと毎月払ってくださいよ! 忘れてたら請求しますからっ」
「わかってる」
部長はすました顔で今晩のおかずである煮物をふたたび食べ始めた。なぜだか腹が立つ。
「きらら~」
こんなときは癒しを求めざるを得ない。
理沙は部屋の隅でまどろんでいた子猫に近づいて背中を撫でた。するときららは「にゃんっ」と鳴きながら理沙のスカートに潜り込んできた。
「やっ、きららのエッチ!」
スカートをまくって子猫をつかまえる。
……あれ。いまこの部屋には部長もいるんだっけ。存在感がないからつい忘れてしまう。
「部長……見てませんよね?」
きららを抱き上げて、スカートのすそを正しながら部長を見やる。しばしの、沈黙。
「意外と少女趣味だな」
ポツリと言われ、頭に血が上る。
「見たんですか!? 最低っ!」
「おまえが勝手に見せてきたんだろ」
「みっ、見せてなんか……!もう、さっさと食べて帰ってくださいよ!」
「飯ぐらいゆっくり食わせろ。だいたいおまえの下着を見たところで何の欲も湧いてこないから安心しろ」
「……セクハラで訴えますよっ」
「俺が訴えたいくらいだ。見たくもないものを見せられたんだから」
(きぃーっ、悔しい! いっつも言いくるめられちゃう) 負けじと、なにか反論できないか言葉を探す。
「にゃああぁー」
そんな不毛な言い争いはやめるにゃ! と言われている気がして、理沙はふんっと息巻いて、喧嘩の仲裁をしてくれたらしい子猫を抱き締めた。