般若部長の飼い猫 《 第五話  無防備な格好

「……いいだろう。来週の会議資料も同様の手順で進めておけ。今週中に提出するように」

理沙はポカンと口を開けたまま部長の机の前に立っていた。
部長に直接、指導されるようになって約一ヶ月が経ち、初めてすんなりとオーケーをもらえたからだ。

「あの、どこも問題ないですか」

「ああ。あるとしたら、再三言っているが、おまえのその格好くらいだ。……なにか文句をつけてもらいたいのか?」

少々の憎まれ口には耐性がついていた理沙は、一発オーケーだったことに喜ぶ。

「いえっ、とんでもありません。失礼しまーす」

ぺこりと頭を下げ、喜々として自分のデスクに戻った。

(よしっ、来週の会議資料も早めに提出できるように頑張ろうっと)

理沙は腕まくりをして、パソコンに向かった。

それから黙々と作業を続け、キリがいところまでこぎつけたときには終業時間を過ぎていた。

(いけない、あんまり残業すると、怒られちゃう)

事務職員は定時で帰ることを推奨されている。理沙は少しあわててほかの社員に挨拶をして第二販売部を出た。
エレベーターに乗ろうとしていると、

「時任さん、いま帰り?」

新入社員研修で一緒だった同期の男性社員に声をかけられた。
その男性はこれから休憩らしく、一緒にコーヒーでもどうかと誘われた。おごりだと言われ、ついていかない理由はない。
同じフロアにある休憩スペースの木製ベンチに並んで座る。男性社員はよくしゃべるひとで、理沙は適当にあいづちを打っていた。ころ合いを見て帰ろうと思っていたら、

「時任さん、いま付き合ってるひとはいる?」

急に尋ねられて、理沙は目を丸くした。直前の話をちゃんと聞いていなかったから、何でいきなりこんなことを言われたのかわからない。

「いない、けど」

「そうなんだ。じゃさ、俺たち付き合わない?」

「……えー、どうしようかな」

正直、この男性はまったく好みではない。簡単に付き合おうとか言い始めるあたり、軽さがにじみ出ている。自分も同類だと思われているんだろうな、と考えながら、なにかうまく断る言いかたはないか探す。

「社則では社内恋愛禁止だ。おまえたちのようなのは感心できないな」

いつの間にか部長が背後に立っていて、理沙たちを見おろしていた。

「あ、すみませーん」

男性社員は部長が管理職だと知ってか、そそくさとベンチから立ち上がって行ってしまった。
理沙も立ち上がり、一応は助かったからお礼を述べようとしていたら、

「おまえはああいうのがタイプなのか。趣味が悪いな」

とまた頭にくることを平然と言われ、ツカツカと歩いて行く部長を追いながら反論する。

「断ろうとしてたんです! 部長がなにか言わなくてもっ」

「そうか? だったら何でいつもみたいにハッキリ言わないんだ」

「だって、あとくされ悪くなったら面倒じゃないですか」

「そんなあいまいな態度では、なにをされても文句が言えないぞ。無防備にヒラヒラした服を着てるから言い寄られるんだ」

「無防備なんかじゃありませんっ。この服、高かったんだから」

廊下の角を曲がったときだった。部長はチッと小さく舌打ちをして、理沙の身体を壁ぎわに追い込んで両腕で囲った。

「値段は関係ないだろう。少しは大人しく俺に……上司にしたがえ」

いつもよりさらに冷たい表情で見おろされ、少し怯んでしまう。けれどそれを知られたくなくて、虚勢を張る。

「服のことではぜっったい、したがいたくありませんっ! どいてくださ……っきゃ!」

「ほら、こんなに簡単に下着が丸見えだ」

あろうことか、部長は理沙のスカートを片手でまくり上げている。スカートをおろそうと急いですそを押さえたけれど、部長のほうが力が強いからかなわない。
この先にあるのはあまり使われていない倉庫だけなので人通りはないけれど、いつ誰がくるかもわからない会社の廊下で、こんな格好でいるなんてあり得ない。

「ちょ、ゃ……っ、やめてくだ……」

「このままなにをされてもおかしくないぞ、例えばこんなことを」

「え、なに……っぁ、いや……っ!」

下着の奥、下半身の割れ目に埋まっている小さな突起をピンポイントでコリコリと押し潰される。

(やだ……何でいきなり、こんなこと……っ!)

「ぶ、ちょ……ゃ、やめ……っぁ、いや……っ」

くちゅ、と水音がして、割れ目の先にある穴に冷たい指の感触がした。

(ぁ……っ)

もはや声が出ない。目の前にいるひとは顔色を変えず、理沙のショーツを持ち上げて秘所に指を埋め込んでいる。
親指が突起を、おそらく中指が穴のなかに入り込んでうごめいている。今日に限ってストッキングを履き忘れたことを後悔する。

(やだ、やだっ……怖い……っ!)

男性にそこをさわられるのは初めてだった。両親が厳しくて、いままで外泊はしたことがないし、男性とも浅い付き合いばかりだった。
ジワリと目頭が熱くなる。未知の秘所を触られる恐怖と、それによってもたらされる初めての快感で、いつ涙があふれてもおかしくなかった。

「……とにかく、もっと丈が長いのを着ろ」

突然、下半身から異物がなくなった。部長は理沙から距離を取って、身をひるがえす。

「……こういうのしか持ってません。今月はピンチだし」

スカートのすそをつかみながら、何とか声を震わせずにそう言った。

「じゃあ俺が買ってやる。次の休日、空けとけ。それと……今日は、夕食は要らない」

それから部長は、こちらを振り返りもせずに早足で行ってしまった。
ひとりその場に残された理沙は、落としてしまったバッグを取ろうと手を伸ばしたのだが、力が入らず、そのままペタンと床に座り込んだ。

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