般若部長の飼い猫 《 第十話  子猫と過ごす夜

蒸し暑い雨の日の昼休み、同期兼友人のさくらと食堂でランチをしているときだった。

「理沙、最近は部長のこと愚痴らないね」

「そう? あんまり怒られなくなったからかな……。仕事が早くて的確になったって課長に褒められたし、部長をぎゃふんと言わせる日も近いかもっ」

理沙は笑って答えたが、自身の脈が速くなったのがわかった。部長に、次はするから宣言をされてからどうも調子が悪い。彼の話題が出るだけでこんな始末だ。
あれから部長はいくばんか夕飯を食べにきたけれど、いまのところそのような事態にはなっていない。

(次って、いつなのよ……。いやいや、期待してるわけじゃ、ないんだから……っ!)

自分に言い聞かせるようにうなずいていたら、スカートのポケットに入れていた携帯のバイブが鳴った。

『今日は夕飯、要らない』

絵文字も顔文字もついていないのはいつものことだ。わかりました、と簡潔にメールを打ちながら、ため息をついた。

「どしたの、理沙……元気ないね?」

さくらは心配そうにこちらをのぞき込んでいる。元気がないように見えるなんて、不覚だ。
理沙はなるべく明るいトーンを心がけて「そんなことないよ!」とほほえんで、昼食のパスタを食べ進めた。

あくる日の夜、部長はいつものようにきららを連れて理沙の部屋にきた。

「時任、頼みがあるんだが」

理沙は身がまえる。部長があらたまってそんなことを言うなんて、めったにないからだ。

「明日から俺が三日間、出張でいないのは知ってるな? それでだ、きららをあずかってくれないか」

なんだ、そんなことかと思いながら理沙はほほえむ。

「いいですよ。あれ、でも弟さんは?」

「あいつの下宿先のオーナーが猫アレルギーだからあずけられないんだ。昼間はいつもどおり弟に世話してもらうから、夜だけでいい」

部長は言いながら部屋の鍵を渡してきた。理沙はそれを受け取りながら答える。

「ふーん……いやっ、どうしよっかなぁ」

タダで請け負うのはもったいない気がする。
そんな理沙の下心を見抜いているのか、部長は怪訝そうに目を細めて口をひらく。

「……土産はなにがいい?」

「もちろんパイです! う○ぎパイ!」

「まったく、食い意地の張ったやつだな」

「きららぁ~、今日からでも一緒に寝ましょうかぁ」

子猫を抱き上げて頬をすり寄せる。

「そうか、では俺も一緒に」

真顔で近づいてくる、部長。理沙は慌てて子猫を彼に抱かせた。

「やだっ、なに言ってるの!? 部長のエッチ!」

「おまえは本当に……まあいい、とにかく明日から頼むぞ」

「にゃぁん」

眠そうにひと鳴きしたきららを抱えて、部長は小さくおやすみと言って部屋を出て行った。

***

「にぁ~、にゃぅ~」

「きららぁ……私、もう眠いよー」

部長が出張に出かけた日、きららとともに迎える初めての夜。
子猫と一緒にベッドに入った理沙は、なかなか寝付けずにいた。きららが起きているからというだけではない。
職場で部長と丸一日、顔を合わせない日はいままでなかったから、何となく彼のことが気になってしまっていたのだ。

(部長、いまごろはまだ接待かな……)

時計は10時を過ぎたところだ。電話してみようかと迷っていると、枕もとに置いていた携帯が静かに振動した。

「もしもし……っ」

『まだ起きてたか。どうだ、きららの調子は』

「あ、えーと……」

『何だ、具合でも悪いのか? それとも、俺がいなくて寂しがってるのか』

「……寂しい、です」

しばしの沈黙があって、理沙はハッとして言葉を次いだ。

「きっ、きららが! 寂しがってます! ね、きらら……って、アレ、寝てる」

電話ごしに、フッと笑うような吐息が漏れたのがわかった。

(部長、笑ってる……?)

彼の笑顔が想像できなくて、理沙は歯がゆくなった。部長が楽しそうに笑っているところなんて、見たことがないからだ。

『大丈夫か、いまからそんなふうで。あと二日もあるんだぞ』

「だっ、大丈夫ですよ……! それより、お土産を忘れないでくださいよ。待って、ますから……」

『ああ……。早く、会いたい』

ベッドにうつ伏せになっていたから、自分の心臓がひどく高鳴るのを感じた。
部長はそのあとすぐに電話を切ってしまった。

(会いたいって、きららに、だよね……)

悶々とアレコレ考えていたら、いよいよ寝付けなくなってしまった。
理沙はそっとパジャマの上着に手を滑り込ませた。ブラジャーのホックをはずして、部長にさわられたときと同じように乳首を指のあいだではさんでひねってみる。

「ん……っ」

ズボンのなかにも手を入れて、割れ目をさすった。花芽に似た小さな突起を親指と人差し指でつまんで彼のことを想うと、蜜が滴るようにあふれてきた。

「ぁ、あ……ん」

自身の身体をいじりながら、理沙は恋心に気がついた。彼の指を思い出しながら、それを再現して身体を慰めると、とても心地がよい。それと同時に、寂しさも波のように襲ってくるのだった。

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