花の香り、蜜の予感 《 02

 雑賀に「付き合おう」と言われた週の休日。
 雨ならば出掛けるのをとりやめにするいい理由になったのかもしれない。しかし今日は「デートしろ!」と言わんばかりの快晴だ。

(なんだかんだで私、楽しみにしちゃってるのよね)

 晴れだろうと雨だろうと、都合が悪くなったと言って今日の誘いを断ることはできる。でもそうしないのは、少なからず楽しみにしているからだ。
 夏帆はドレッサーの前の四角い椅子に座っていた。鏡の中の自分をじいっと見つめる。昨夜はがらにもなく入念にお肌をパックしたので、心なしかいつもより張りがある。
 フェイスラインをVの字に押し上げて引き締めたあと、夏帆はすっくと立ち上がり、水が入ったジョウロを片手にベランダへ出た。そこには所狭しとプランターが並んでいる。
 色とりどりの花々に水をあげてから夏帆は着替えを済ませ、姿見の前で何度も服装をチェックしてから自宅マンションを出た。

(待ち合わせの時間よりもだいぶん早いな……)

 しかし万が一、遅れては失礼なので早めに家を出た。
 休日に、日用品の買い物以外で外に出るのは久しぶりだ。頬を撫でる春風は温かく、見上げた空は雲ひとつない。

(こういう恰好で出掛けるのも、久しぶり)

 春色のワンピースを着るのは何年ぶりだろう。
 ひらひらとなびくスカートの裾に、少女のように心を躍らせながら夏帆は歩く。
 ふと目に留まったのは手をつないで歩く仲のよさそうなカップルだ。夏帆はそれを目線だけで追う。

(付き合うって、どんな感じなんだろう……)

 彼氏がいる友人の話を聞いても想像の域を出ない。合コンには勇気がなくて行けない。
 そういうわけで、男性に話しかけられるだけで赤面してしまう23歳処女ができあがったわけである。
 待ち合わせ場所の公園に到着すると、そこにはすでに雑賀の姿があった。

「あ、れっ? ごめんなさい、時間を間違えました」
「ううん、間違ってないよ。俺が早く来すぎてただけ。約束の時間まであと20分はある」
「そう……ですか」

 雑賀がさわやかにほほえむ。スーツ姿でない彼は初めて目にする。黒っぽいGパンに、七分袖のブルーチェックのワイシャツは清潔感があり動きやすそうだ。公園を散歩するにはとても適しているような気がする。

「あ、えっと……。今日は、よろしくお願いします」

 夏帆が頬を赤く染めてそう言うと、

「うん、よろしくお願いします」

 雑賀は満面の笑みになって夏帆に手を差し出す。

「行こっか」
「――!」

 夏帆はまたしてもフリーズした。手を差し出され、どう応えればよいのかわからない。

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