花の香り、蜜の予感 《 03


(いや、手をつなげばいい。それだけなんだけど)

 話をするだけでもいまだに恥ずかしいのに、手をつなぐなどという行為はハードルが高すぎる。

「……ごめん。ま、とにかく行こう。今日はいい天気だね」

 雑賀は手を引っ込めて空を見上げた。

「そう、ですね」

 相づちを打ちながら彼のななめうしろを歩く。

(手をつなぐの、イヤなわけじゃないんだけど……)

 完全にタイミングを逃してしまった。いまさらこちらから「手をつないでください」とは恥ずかしくて言えない。
 夏帆が雑賀の手ばかり見ていることに彼は気がつく。

「ん? ……やっぱり手をつなぐ?」

 尋ねられ、夏帆は「はいっ」と返事をした。そんな夏帆の反応は雑賀が予想していたものとは違っていたらしく、彼は驚いたような顔になった。
 夏帆はためらいがちに手を伸ばす。すると雑賀は満面の笑みになってその手を取った。
 ふたりは並んで歩き出す。

(いま顔が赤いのは、べつに雑賀くんだからってわけじゃ……ない……はず)

 顔だけでなく、つないだ手も赤くなっていた。触れ合っている部分がとにかく熱い。

「いい天気だねぇ。藤波さんはここへはよく来る?」
「いえ、あまり……」

 この公園はいつもカップルばかりなので、何となく足を踏み入れづらかった。まさか自分がだれかと来ることになるとは、いまのいままで予想もしていなかった。

(緊張して落ち着かないけど……こうしてあてどなく歩くのもけっこういいかも)

 爽やかな風が木々や花々を揺らして自然そのものを香り立てる。幹線道路はそう遠くないところにあるけれど、吸い込む空気が美味しいように思えてくる。
 公園を散策し、街でランチを食べて帰路についたときだった。

「あぁ……やっぱり、藤波さんはいいにおいがする。これって……花の香り、かな」

 家まで送ってくれると申し出てくれた雑賀とともに見慣れた道を歩いていると、またしてもそんなふうに言われた。

(香水はつけてないんだけどな)

 夏帆は思い当たることを口にする。

「ベランダで花をたくさん育てているので、そのせいかもしれません」
「そうなんだ? それはぜひ見てみたいな」

 雑賀はニコニコと笑っている。「送っていくんだから家に上げろ」と言わんばかりだ。

「……うち、寄って行かれますか?」
「あ、いいの? ありがとう」

 心なしか、彼の歩調が早くなったようだった。

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