夏帆の家に着くなり雑賀はベランダの花々を見て感嘆した。
「おぉっ……すごいね。ベランダなのに、ちゃんと庭みたいになってる」
「……ありがとうございます」
謙遜はしない。プランタばかりとはいえ、地植えのそれに見劣りしないよう工夫して配置している。
「この花たちは藤波さんにすごく大切にされてるんだね」
そうして彼がほほえむと、何だか気恥ずかしくなった。その笑顔は夕陽に照らされていてまばゆい。花たちに視線を合わせて、雑賀は身をかがませて夏帆の花々を愛でている。こういうものには興味がないのだろうと勝手に思い込んでいたので、意外だった。
「雑賀くんも……その、好きなんですか? お花」
夏帆はリビングで彼に茶を出しながら言った。
「うん、好きだよ。香水みたいにきつくなくて、ほのかに香るのが、いい。その香りをどれだけ吸い込んでも胸焼けしない。見てるとすごく癒される」
ソファに座っていた雑賀は夏帆が淹れた緑茶をすすりながら、網戸越しに見えるベランダの花々から夏帆へと視線を移す。
「……ねえ。いままで、言い寄られることなかったの?」
夏帆は雑賀が座るソファのななめ向かいに腰を下ろした。カーペットの上に座り込む恰好だ。
「学校は女性ばかりでした。社会人になってからも……食事に誘われることは何度かありましたが」
「そういうのは、断ってきたんだ?」
「そうです。みなさんは雑賀くんみたいに強引ではなかったので」
「はは……」
苦笑いを浮かべて雑賀はまた茶をすする。コップを口から離すころには、笑顔が消えていた。
「――でも、強引にでも手に入れたかったんだ。花の香りをただよわせて真っ赤に恥じらうきみに、俺は一目惚れした」
射るような視線は彼の真剣さをひしひしと伝えてくる。
「きみに声をかけたやつらが積極的でなくて本当によかった」
コトン、と小さく鈍い音がした。雑賀は空のコップをテーブルの上に置き、夏帆に歩み寄る。
「ねえ、俺のことどう思う?」
夏帆はすぐには答えられない。
「……遊んでそう?」
夏帆のすぐそばにあぐらをかいた雑賀はうつむく彼女の顔を下からのぞき込んだ。
「きみに話しかけるとき、すごく緊張した。……顔にはあんまり出てないかもしれないけど、心臓が壊れるんじゃないかって思うくらい」
彼の表情が曇る。困ったような笑顔になる。
「いまだって……すごく緊張してる」
――雑賀くんも、同じなの?
夏帆もまた胸が高鳴って仕方がなかった。それがどういう類の高鳴りなのか、自分のことなのにわからない。
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「おぉっ……すごいね。ベランダなのに、ちゃんと庭みたいになってる」
「……ありがとうございます」
謙遜はしない。プランタばかりとはいえ、地植えのそれに見劣りしないよう工夫して配置している。
「この花たちは藤波さんにすごく大切にされてるんだね」
そうして彼がほほえむと、何だか気恥ずかしくなった。その笑顔は夕陽に照らされていてまばゆい。花たちに視線を合わせて、雑賀は身をかがませて夏帆の花々を愛でている。こういうものには興味がないのだろうと勝手に思い込んでいたので、意外だった。
「雑賀くんも……その、好きなんですか? お花」
夏帆はリビングで彼に茶を出しながら言った。
「うん、好きだよ。香水みたいにきつくなくて、ほのかに香るのが、いい。その香りをどれだけ吸い込んでも胸焼けしない。見てるとすごく癒される」
ソファに座っていた雑賀は夏帆が淹れた緑茶をすすりながら、網戸越しに見えるベランダの花々から夏帆へと視線を移す。
「……ねえ。いままで、言い寄られることなかったの?」
夏帆は雑賀が座るソファのななめ向かいに腰を下ろした。カーペットの上に座り込む恰好だ。
「学校は女性ばかりでした。社会人になってからも……食事に誘われることは何度かありましたが」
「そういうのは、断ってきたんだ?」
「そうです。みなさんは雑賀くんみたいに強引ではなかったので」
「はは……」
苦笑いを浮かべて雑賀はまた茶をすする。コップを口から離すころには、笑顔が消えていた。
「――でも、強引にでも手に入れたかったんだ。花の香りをただよわせて真っ赤に恥じらうきみに、俺は一目惚れした」
射るような視線は彼の真剣さをひしひしと伝えてくる。
「きみに声をかけたやつらが積極的でなくて本当によかった」
コトン、と小さく鈍い音がした。雑賀は空のコップをテーブルの上に置き、夏帆に歩み寄る。
「ねえ、俺のことどう思う?」
夏帆はすぐには答えられない。
「……遊んでそう?」
夏帆のすぐそばにあぐらをかいた雑賀はうつむく彼女の顔を下からのぞき込んだ。
「きみに話しかけるとき、すごく緊張した。……顔にはあんまり出てないかもしれないけど、心臓が壊れるんじゃないかって思うくらい」
彼の表情が曇る。困ったような笑顔になる。
「いまだって……すごく緊張してる」
――雑賀くんも、同じなの?
夏帆もまた胸が高鳴って仕方がなかった。それがどういう類の高鳴りなのか、自分のことなのにわからない。