ひきこもり令嬢は囚われの貴公子に溺愛される 《 第二章 囚われの貴公子は自由奔放 03

「いっ、いい! けっこう――……ひゃっ!?」
 眉間に深くしわを寄せておろおろしているリルのドレスを、オーガスタスはシュミーズごといっきに下へずらした。
「あ……っ!」
 ふるんっ、といっきに踊り出てしまった乳房を両手で押さえる。動揺するリルをよそにオーガスタスは平静だ。
「立って。ドレスが湯のなかに沈んだままになっちゃうよ。これ、あんまり浸けすぎると色が落ちてしまうんじゃない?」
 もっともなことを忠告され、リルは恥を忍んでその場で立ち上がり、ドレスを完全に脱いだ。尻はオーガスタスに丸見えだろう。
(たるんだ尻だって、思われたかも)
 日々筋力トレーニングに励んでいるが、十代のころとまったく同じようには保てない。
 リルは占いの如何で行動はするが、それがすべてだとは思っていない。あくまで、若さを保つための一助――ただの「まじない」だとわかってはいる。
 びちゃっ、とひどい音がしたのでリルは顔を上げた。濡れたドレスが岩場に置かれた音だった。
「さて、次は髪の毛だね。一度、頭まで浸かったら?」
 彼はまるで母親のようにかいがいしい。いや、自身の母親にすらこんなふうに世話をされたことはない。すべてメイドまかせだったからだ。
「……顔をつけるのは怖いわ」
 湯に濡れてぐちゃぐちゃになり、朽ち果てたように置かれている紺色のドレスを見つめながら言った。するとうしろから笑い声が聞こえてきた。
「はは、なにそれ。リルは子どもみたいだね」
 リルはむっとする。どちらかというと彼のほうが子どもみたいだと思うからだ。
「……あなた、いくつなの」
「二十五歳だよ。リルは?」
 なんだ、同い年ではないか。
 自分が振った話題にもかかわらずリルは言葉をにごす。
「ご想像にお任せするわ。それに、レディに年齢を聞くなんて失礼よ」
「でも年上なのには違いないでしょう?」
 リルは思いきり顔をしかめてオーガスタスを振り返る。
「どうして年上だって決め付けるの!?」
 リルの形相になにを思ったのか、オーガスタスは「まあまあ」と言いながら両手を上げた。
「ごめんごめん、年齢の話はもうしないよ。それよりも、リル。顔を浸けるのが怖いなら、僕があなたの体を支えて洗ってあげるよ」
 オーガスタスが距離を詰めてくる。
「ちょっ!? やっ、やだ、さわらないで」
「どうして?」
「くすぐったいのよ、素肌に触れられると……ゃっ!」
「――え。どうしたの」
「あ、あなたが急に肩をつかむから!」
「うん、肩をつかんだだけじゃないか。なんでそんなにあわてるの?」
 大きな手のひらに両肩をつかまれたリルはぐいっ、とうしろに体を引かれた。
「ほら、僕の腕に体をあずけて。髪の毛がぜんぶ湯にひたるように」
「やっ、や……!」
 なかば無理やりに彼のほうを向かされる。リルは胸もとを隠すので手一杯だ。
「大丈夫だから、リラックスして」
 まるで赤ん坊にでもなったようだった。オーガスタスの両腕に、横向きに抱かれている。彼の腕がゆっくりと湯のなかへと沈み込んでいく。
 青かったリルの髪の毛が色を失い、闇に溶けていく。
「あなたはけっこう手のかかるひとだね」
「……舞踏会場の庭でのことを言っているの?」
 リルの言葉を肯定するように彼はほほえむ。
「じっとしててね」
 オーガスタスはリルの体を左腕で抱き込むようにして支え、もう片方の手で彼女の髪の毛を湯で濡らした。
 前髪はそうして湯をかけてもらわなければ染料が落ちない。リルは恥ずかしさを感じながらも、なにもかもが温かく、彼の手つきがとても丁寧だったせいもあって心地がよかった。
「――はい、できた」
 リルの髪の毛を黒に変えたオーガスタスは彼女の体をそっと起こした。
「あ、ありがとう……。すごく、気持ちがよかった」
 両腕を胸の前でクロスさせたまま、うわずった声を出すリル。いっぽうオーガスタスの瞳は彼女の胸もとを射ている。
「……ねえ。触れたらやっぱり柔らかいのかな」
「なっ、なにがっ?」
「ここ……さわってもいい?」

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