ひきこもり令嬢は囚われの貴公子に溺愛される 《 第二章 囚われの貴公子は自由奔放 04

 リルはぶんぶんと頭を横に振った。
「なに言ってるの!? だめに決まってるじゃない」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃ……だから……」
 オーガスタスは悪びれたようすもなくリルを見つめ、「ねえ」と急かしてくる。
「僕の汗を舐めたんだから、僕だってあなたに触れたい。あなたの肌を舐めてみたい。ああ、そうだ。舐めあいっこしようよ」
 オーガスタスが顔を寄せてくる。
「さあ舐めて、僕の首すじ。さっきよりもずいぶんと汗をかいてるから、たくさん舐められるでしょ」
「~~っ!!」
 正面からぎゅうっと抱きしめられ、体が密着する。
 オーガスタスは首を差し出すように頭を傾けた。片手でリルの後頭部を押さえて強引に舐めさせようとしている。
 もともと彼の「体液を搾取」することが目的のリルだが、どうしてか王子に主導権を握られている。
「ほら、早く」
 オーガスタスとのあいだに挟み込んでいる両腕でなんとか隙間を保ちながら、舌を突き出す。少し舌を出したくらいでは届かない。思いきってべえっと大きく舌を伸ばす。
 ちろり、と舌先が汗を舐め取る。彼の素肌にはほとんど触れず、汗雫だけをリルは的確に舌ですくった。
「……お味はどうですか。若返りそう?」
「しょっぱい。それから、私は若返りたいんじゃないわ。どうあがいても時間はさかのぼれない。だからせめて、これ以上は老けないようにしたいの」
「なるほど。リルの頭のなかは完全にお花畑というわけじゃないんだね」
 完全に、とつけくわえられているのは、占いを信じて行動していることをさしているのだろう。
 妄信だと自覚しているからこそ、否定はしない。それでも、すがりたいのが乙女心というものだ。
「もう、いいわ……。ありがとう、オーガスタス。気が済んだ。占いで示されたことは実行できたわ」
「へえ、そう。でも僕の気は済んでない」
「――っ!?」
 れろりと無遠慮に首すじを舐め上げられて総毛立つ。
「なっ、なにするのよ!」
「のどが渇いていたし、塩分が欲しいところだった。もっとちょうだい」
 背中と腰にまわっていた腕に力が込められた。彼の体を押しのけたいけれど、胸を押さえている腕は最後の砦のような気がして放せない。
「んっ、く……!」
 オーガスタスの赤い舌が耳の下を這う。人間の舌はこれほどまでに大きく熱かっただろうかと考えてしまう。ざらついた舌にねっとりと舐め上げられ、ぞくぞくとわき腹のあたりが疼く。それを助長するように彼の手がそこを撫で上げる。
「やっ……! あ、ぁ」
 両腕は胸だけでなくわき腹も押さえていたのだが、強引に彼の手が滑り込んできた。リルの素肌をゆっくりと這いまわり、あやしくうごめく。
「やっ、やめ、て……!」
「うん、水分補給をしているだけだよ。ねえ、この谷間のところも舐めていい? ここのほうが首すじよりももっと汗をかいてる」
「なっ……!?」
 こぶしになっていた手をパッとひらいて谷間を隠すものの、指と指のあいだに彼のそれがはまり込む。オーガスタスはリルの手の甲を覆い、ふたつのふくらみの境界をふにっ、と人差し指で押した。
「ゃっ!」
 小さな悲鳴を上げて身をすくませる。いま彼の前に裸でいることすら有りえないのに、先ほどから素肌に触れられて困惑している。リルは西の王子の体液を搾取したそのあとのことはなにも考えていなかった。あとから思えばとても浅はかだった。
「っ、う……!」
 運動しているわけでもないのに息が弾む。いっぽうのオーガスタスはリルの反応を愉しむように唇の端を上げて身をかがませた。宣言どおり谷間の汗を舐めるつもりなのだ。
「だっ、だめ……! やめて」
「どうして」
 オーガスタスは動きを止めずにリルに尋ねた。頭を低くしていく彼の白金髪がさらりと揺れる。
「ど、どうしてって……」
 嫌だからとか、恥ずかしいからとか、理由はたくさんあるはずなのに言葉になって出てこない。そうしているあいだに彼の舌が鎖骨の下までやってきてしまった。
 リルが両胸を押さえているせいで谷間はくっきりと浮かび上がっていた。その明確な境界を、オーガスタスはひどく緩慢に舌で舐め上げる。

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