ひきこもり令嬢は囚われの貴公子に溺愛される 《 第二章 囚われの貴公子は自由奔放 07

「いやだ。やわらかくて、温かくて、さわり心地がいい……」
 陶酔したような声音だった。耳のなかに直接、吹き込まれてはたまらない。手足の先がぞくぞくと艶っぽく反応してしまう。
「ちょっ、やだ……っ!」
「僕のことは気にしなくていいから、洗い物を続けて」
 黒い髪の毛はうしろでひとまとめにしていた。あらわになっているうなじにオーガスタスがちゅうっと口付ける。肌をきつく吸い立てている。
「やっ……!」
 胸をもてあそぶ彼の手を払いのけたいが、リルの手はいま泡だらけだ。言葉だけでなんとかしなければならない。
「あ、あなたって……。誰にでもそんなにスキンシップが過剰なの?」
「さあ……。なにが普通なのか、僕にはよくわからない。ただ、触れたいからそうしてるだけ」
「ひっ!?」
 ふくらみのいただきを探り当てられた。
 オーガスタスの人差し指がつぼみをカリカリと引っかく。ドレスとエプロン越しだというのに、リルのそこは硬く尖っていた。
「ここ、乳首だよね? 硬くなってる……」
 食器を洗う手は止まったままだ。これではいっこうに終わらない。
「んっ……!!」
 節のある指がふくらみの頂点を的確にこする。服のうえから親指でごりごりと乳首をいたぶられている。
「すごいね。エプロンのうえからでも形がわかるほど尖ってる。硬くなる前の状態も、今度観察させてね」
 オーガスタスは布の下で勃ち上がっている乳頭を押さえつけるように指でつまんで際立たせた。そんなふうにされれば、いやでもくっきりと服のうえに浮かび上がってしまう。
「や……っ!」
 肩を左右に動かして大きく揺らし、彼の手を払いのけようと抵抗する。
「かわいいな、真っ赤になっちゃって。こういうことされるの、久しぶりなの?」
「なっ……」
 久しぶりもなにも、いままで誰にもされたことがない。
(このまま流されていたら、きっととんでもないことになる)
 ふくらみを揉みしだく大きな手のひらは造り物だと思おう。そうすれば気持ちよくもなんともない。
 彼の手のひらの温もりを無視して、さらに自分自身に無茶な言いわけをしてリルはオーガスタスを振り返る。
「ねえ、このあと薬草を摘みにいかなくちゃならないの。だから……」
「薬草摘み? それは楽しそう」
 彼はあっさりとリルの胸を解放した。正直、拍子抜けしてしまった。
(初めからこう言っておけばよかったわ。今度またなにかされそうになったら、彼の興味をひく話題を提供しよう)
 うんうん、と心のなかでうなずき、リルは食器洗いを再開した。


 ひととおりの家事を終え、森へ行く準備をしていると、あいもかわらずバスタオルを腰に巻いただけのオーガスタスがにんまりとほほえみを浮かべて窓の外を眺めていた。
「薬草摘み、楽しそうだな」
「……あの、オーガスタス。まさかとは思うけど一緒に行くつもり?」
「そりゃあ、もちろん」
「無理よ、その格好じゃあ。あなたの服はまだ乾いてないわ」
「ええっ!? 話が違うよ、リル」
「そもそも私はあなたを連れて行くなんて言ってないわ」
「………!」
 彼はじつに表情豊かだ。本当に同い年なのかと疑いたくなるほど――子どもっぽい。
「ひどいよ、リル……」
 怒るのかと思えば、いまにも泣き出しそうな顔でうなだれている。
(な、なによ。いけないことしてる気分になるじゃない)
 王子様に何日も同じ服を着せるわけにはいかないと思って彼の服を洗ったのだけれど、それにしてもどうしよう。薬草を摘む前に、彼の服を街へ買いに行かなければならない。
「わかったわ。ひとまず私があなたの服を街で――」
 コンコン、と控えめにドアノッカーが鳴った。薬草を入れるための袋を持ったままびくりと肩を震わせる。
(お兄様かしら? ううん、いまの叩きかたはたぶん……)
 リルは「はい」と返事をして玄関へ向かった。そっと扉をひらく。
「おはようございます、レディ・マクミラン」
 リルが考えたとおり、訪ねて来たのはオレンジ色の髪の商人、フランシス・マレットだった。
「おはようございます、マレット男爵。先日は大変お世話になり、ありがとうございました。それで今日は……どうなさったのですか? 調合薬の引き取り……ではないですよね?」

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