「薬草畑を早く見たいんです」
早歩きをしていたオーガスタスが振り返ってほほえんだ。彼の笑顔がリルの脈拍をいっそう速くさせる。
彼が身につけている服は街のひとが着ている一般的なものだ。
シンプルなグレーの上着に黒いトラウザーズは正直なところとても地味。それなのに、どこか気品にあふれているように思えるのは、彼が王子だという先入観からなのだろうか。
「ふたりとも、少し速いです」
リルとオーガスタスからさほど離れていないところをマレットは大股で歩いている。彼の呼び声は、距離よりも遠く感じた。
リルは目の前を歩く白金髪の男のことしか見ていなかった。
調合薬を作るための原材料である薬草は森に自生している。屋敷の裏庭でも多少は栽培しているが、日当たりや湿度、土の成分といった環境面で、自生させておくほうがよいものもある。
リルはそれらを畑として区画し管理している。この森はマクミラン公爵家の所有だから、法的な問題はない。
「これは……立派な薬草畑ですね」
感嘆の声を漏らしたのはマレット男爵だ。眼前に広がる色とりどりの薬草に視線を走らせて端から端まで眺め、あごに手を当てて感心している。
「ここで採取できるのは毛――、ええと、毛髪の健康を促進する成分が強い薬草です」
兄のロランに毛生え薬を提供しているリルはこの薬草畑におもむく機会がいちばん多い。毛生え薬――もとい、育毛剤は薬草を大量に消費しなければ作りだせない。
もっとも手間のかかる調合薬ではあるが、ロランにはいろいろな恩があるし、黙々と作業をするのは得意なのでけっして苦ではない。
リルは身をかがめて薬草を摘み、持ってきていたカゴに次々と詰め込んでいった。
「これ、カコの葉でしょ。調合するのにはかなり手間がかかるはずだ」
リルと同じようにひざを折ったオーガスタスが彼女のとなりにぴたりとくっつく。リルが薬草を摘むのをじいっと見つめている。
「そうよ。詳しいのね」
「摘むの、僕も手伝うよ」
「じゃあ青いほうの葉をお願い」
うん、とあいづちを打ってオーガスタスも葉を摘み始めた。プチプチとちぎり、リルが持つカゴのなかへ放り込む。
「――おふたりは、仲がよろしいんですね」
リルはぎくりとして薬草を摘む手を止めた。
(マレット男爵の存在をすっかり忘れていたわ)
そもそもマレットの前で仲がよくないふりをする必要などないのだが――。いや、それでは仲がよいと肯定しているようだ。
(べ、べつに、オーガスタスとは仲がいいわけじゃ……)
彼が気さくだから敬語を使っていないだけ、それだけだ。しかし話しやすさという点では、マレットよりもオーガスタスのほうが勝っている。同い年だというのもあるかもしれない。
リルはただあいまいにほほえんでうしろを振り向いた。どういうふうに答えればよいかわからない。
マレットは大きな肩をすくめて、リルとオーガスタスのあいだに割って入った。肩身が狭そうだ。
「この薬草……オーランド殿の瞳のようですね」
薬草摘みを再開していたリルの手の動きがふたたび止まる。
(そ、その話は……)
オーガスタスは左右で異なる色の瞳を少なからず気にしている。リルはちらりと白金髪の男を見やった。あいかわらずひとのよさそうな笑みを浮かべているが、なにも言わない。
「……とても綺麗だ」
マレットは青と金の葉を見つめてぽつりとつむいだ。それを聞いたオーガスタスがにいっと愉快そうに口角を上げた。
「マレット男爵。僕を口説いているんですか?」
「は、はあっ? なぜそうなるんです。俺はただ正直な感想を言っただけだ」
「そうですか。ほら、マレット男爵も葉っぱを摘んでみてはどうですか? けっこう楽しいですよ」
マレットはめずらしく口を尖らせ、不満そうな表情を浮かべた。なにが不満なのかはリルにはわからない。
「ええ、そうですね」
ぷちっ、と金色の葉をちぎったマレットは、葉脈を指で撫でたあと、葉をカゴのなかへそっと入れた。
薬草を摘み終えた三人はリルの屋敷へ戻り、そのまま昼食をとった。シェフはもちろんリルだ。
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早歩きをしていたオーガスタスが振り返ってほほえんだ。彼の笑顔がリルの脈拍をいっそう速くさせる。
彼が身につけている服は街のひとが着ている一般的なものだ。
シンプルなグレーの上着に黒いトラウザーズは正直なところとても地味。それなのに、どこか気品にあふれているように思えるのは、彼が王子だという先入観からなのだろうか。
「ふたりとも、少し速いです」
リルとオーガスタスからさほど離れていないところをマレットは大股で歩いている。彼の呼び声は、距離よりも遠く感じた。
リルは目の前を歩く白金髪の男のことしか見ていなかった。
調合薬を作るための原材料である薬草は森に自生している。屋敷の裏庭でも多少は栽培しているが、日当たりや湿度、土の成分といった環境面で、自生させておくほうがよいものもある。
リルはそれらを畑として区画し管理している。この森はマクミラン公爵家の所有だから、法的な問題はない。
「これは……立派な薬草畑ですね」
感嘆の声を漏らしたのはマレット男爵だ。眼前に広がる色とりどりの薬草に視線を走らせて端から端まで眺め、あごに手を当てて感心している。
「ここで採取できるのは毛――、ええと、毛髪の健康を促進する成分が強い薬草です」
兄のロランに毛生え薬を提供しているリルはこの薬草畑におもむく機会がいちばん多い。毛生え薬――もとい、育毛剤は薬草を大量に消費しなければ作りだせない。
もっとも手間のかかる調合薬ではあるが、ロランにはいろいろな恩があるし、黙々と作業をするのは得意なのでけっして苦ではない。
リルは身をかがめて薬草を摘み、持ってきていたカゴに次々と詰め込んでいった。
「これ、カコの葉でしょ。調合するのにはかなり手間がかかるはずだ」
リルと同じようにひざを折ったオーガスタスが彼女のとなりにぴたりとくっつく。リルが薬草を摘むのをじいっと見つめている。
「そうよ。詳しいのね」
「摘むの、僕も手伝うよ」
「じゃあ青いほうの葉をお願い」
うん、とあいづちを打ってオーガスタスも葉を摘み始めた。プチプチとちぎり、リルが持つカゴのなかへ放り込む。
「――おふたりは、仲がよろしいんですね」
リルはぎくりとして薬草を摘む手を止めた。
(マレット男爵の存在をすっかり忘れていたわ)
そもそもマレットの前で仲がよくないふりをする必要などないのだが――。いや、それでは仲がよいと肯定しているようだ。
(べ、べつに、オーガスタスとは仲がいいわけじゃ……)
彼が気さくだから敬語を使っていないだけ、それだけだ。しかし話しやすさという点では、マレットよりもオーガスタスのほうが勝っている。同い年だというのもあるかもしれない。
リルはただあいまいにほほえんでうしろを振り向いた。どういうふうに答えればよいかわからない。
マレットは大きな肩をすくめて、リルとオーガスタスのあいだに割って入った。肩身が狭そうだ。
「この薬草……オーランド殿の瞳のようですね」
薬草摘みを再開していたリルの手の動きがふたたび止まる。
(そ、その話は……)
オーガスタスは左右で異なる色の瞳を少なからず気にしている。リルはちらりと白金髪の男を見やった。あいかわらずひとのよさそうな笑みを浮かべているが、なにも言わない。
「……とても綺麗だ」
マレットは青と金の葉を見つめてぽつりとつむいだ。それを聞いたオーガスタスがにいっと愉快そうに口角を上げた。
「マレット男爵。僕を口説いているんですか?」
「は、はあっ? なぜそうなるんです。俺はただ正直な感想を言っただけだ」
「そうですか。ほら、マレット男爵も葉っぱを摘んでみてはどうですか? けっこう楽しいですよ」
マレットはめずらしく口を尖らせ、不満そうな表情を浮かべた。なにが不満なのかはリルにはわからない。
「ええ、そうですね」
ぷちっ、と金色の葉をちぎったマレットは、葉脈を指で撫でたあと、葉をカゴのなかへそっと入れた。
薬草を摘み終えた三人はリルの屋敷へ戻り、そのまま昼食をとった。シェフはもちろんリルだ。