ひきこもり令嬢は囚われの貴公子に溺愛される 《 第三章 勘違い 01

 曇天の休日。リルは朝の業務を終えても落ち着かなかった。
(今日あたり、お兄様が毛生え薬を取りにくる気がする……)
 リルと並んでソファに座り、満足げにハーブティーをすする王子様をひそかに見つめる。
(オーガスタスのことをお兄様に知られるとなにかと面倒だわ)
 まず第一に、王子様を誘拐してきたのだろうと咎められる。そしてオーガスタスは強制的にこの家を出ていくことになるだろう。
(……まだ、一緒にいたい)
 彼がみずから出ていくと言うまではともに過ごしたい。
 たまに妙ないたずらをされるものの、家事は手伝ってくれるし、なにより一緒にいてとても楽しい。
 オーガスタスは森暮らしに溶け込みつつあった。
「――ん? 僕の顔になにかついてる?」
「あ、いえ……。ねえ、オーガスタス。今日の午後なんだけど、しばらくひとりで森のなかを散歩してきてくれない?」
「もう、また……。オーランドって呼んでって言ってるのに。まあそれはいいとして、僕ひとりで散歩に? どうして。いつもみたいに一緒に行こうよ」
「行きたいのはやまやまだけど……」
 実兄が尋ねてくるかもしないこと、見つかったら確実にオーガスタスは屋敷から追い出されることをリルは説明した。
「そっか……。お兄さんは僕の容姿を把握していて、リルが僕に――ルアンブルの王子に会いたがっていたことも知ってるんだね。それじゃあ、マレット男爵についたような嘘は通りそうにない」
「ええ、そうなの。舞踏会のときオーガスタスは仮面をつけていたけど、あなたみたいな綺麗な白金髪でしかも長身の男なんて私の知り合いにはほかにいない。だからお願い、数時間でいいから家をあけて。私、もっとあなたと一緒にい――」
 にやにやと口角を上げ、したり顔でオーガスタスはリルの顔をのぞきこむ。
(や、やだ、私ったら)
 リルはパッと顔をそむけて真正面を見つめた。
「い、いえ、その……。とにかく、お兄様には見つからないほうが好都合なの。だからお願いね」
「うん、わかった。僕もまだここにいたいし」
 オーガスタスがリル左肩にもたれかかる。
(……こうされるの、慣れちゃったな)
 頭を預けられることに驚かなくなった。むしろ心地よく感じてしまう。
(まだ、ここにいたい――)
 彼の言葉を頭のなかで反すうしながら、リルは手に持っていたティーカップを口へ運んだ。


 リルの予想どおり、その日の午後にロランはやってきた。
「リル、仮面舞踏会のときはひとりで平気だったかい? 急に先に帰ってしまったから心配していたんだよ」
「ええ、せっかく連れて行ってくれたのに勝手に帰ってしまってごめんなさい。ちょっと急用を思い出して……。そのお詫びにと言ってはあれだけど、これ」
 リルはロランと玄関先で向かい合ったまま、あらかじめ用事しておいた大量の育毛薬を手渡した。
「それから、ミックスベリーのジャムとシフォンケーキもあるわ。さあ、どうぞ。家に帰ってからゆっくり食べてちょうだい。まとめてかごに入れておいたから」
 ジャムの小瓶とケーキが入った籐の白いバスケットを強引にロランに持たせる。
「え、なに、どうしたんだい。育毛薬をこんなに……。いつもなら、使いすぎないようにって少ししかくれないのに」
「だから、このあいだの舞踏会のお礼とお詫びよ」
「それにこのジャムとケーキも。やけに手がこんでいるね?」
 怪訝な顔をするロランとは目を合わせずリルは言う。
「そ、それ、自信作なの。早く帰って、奥様とカトリオーナに食べさせてあげてちょうだい」
「おいおい、僕はまだ来たばっかりだよ? もう少しゆっくりさせてくれ。……それとも、僕がいたらなにか不都合でもあるのかな」
 リルはぎくりとして顔をひきつらせた。
「そんなことないわ。ただ、今日は収穫しなきゃいけない野菜や薬草が多くて、忙しいだけよ」
「ふうん……。ところでリル、裏庭に白馬がいたようだけど、どうしたんだい?」
 ひっ、と奇声を上げそうになり、しかしすんでのところでこらえた。
「あ、ええと、あれは……」
 オーガスタスのようにうまく嘘をつければよいのだが、リルはこういうことが苦手だ。馬鹿正直なのだと思う。

前 へ    目 次    次 へ