ひきこもり令嬢は囚われの貴公子に溺愛される 《 第三章 勘違い 14

 急に終わってしまった舌戯に拍子抜けする。彼は本当に奔放だ。
 オーガスタスはリルの腰もとをつかんでくるりと回転させた。
「ここで見る夕暮れは格別に美しいね」
「……ええ」
 ぽつりと小さくあいづちを打ち、ぼうっとオレンジ色を眺める。
 まるでなにかに吸い込まれるかのように、急かされるかのごとく太陽は山の向こうへ消えていった。
 あたりは夕焼けでまだ薄暗い程度だが、間もなくして真っ暗になってしまうだろう。
(オーガスタスはいつまでこうして戯れるつもりなの)
 ランプに明りを灯さなければなにも見えなくなってしまう。そんな焦りはあるものの、この戯れを早く終わらせたいとは――いまは思っていない。
 そしてそれは、この刹那だけではない。明日も、明後日も、願わくばずっと――。
 しかしその想いを伝えることはできないし、伝えたところで叶うはずもない。むしろ、公的な手続きを踏まず勝手にこの森へ連れてきてしまったのだから、咎められてもおかしくない。
(オーガスタスは、私が咎められることはないと言っていたけど……)
 なにかしらの罰を受けてでも、いや、もしそうして罰を受けることで彼と一緒にいられるのなら、そのほうがいいのにとさえ思ってしまう。
 ひとりで考えを巡らせて落胆するリルの体をオーガスタスがぎゅうっとうしろから抱きしめる。
「どうしたの? 具合でも悪い?」
「い、いえ……」
「そう……? 元気がないみたいだ。本当に疲れてるんだね」
「ん……っ」
 耳たぶの裏側をぺろりとひと舐めされた。同時に、腰もとにあった両手がふくらみのほうへ這い上がってくる。柔らかな稜線の一歩手前をゆっくりとさすっている。リルの反応を見ているのだろう。
「ねえ、オーガスタス……。その、あなたの国の……城の仕事は、大丈夫なの?」
「ああ、平気だよ……城のほうは、ね」
 オーガスタスの、憂いを帯びた顔を目にすると、どくんっと不穏に心臓が跳ねた。
 やはり彼はいつまでもここにいるわけにはいかない。そうわかってはいるが、リルの口から出ていけとはとても言えない。
(そもそも私が連れてきちゃったんだから、追い出すなんてできないわ)
 無言のリルを見おろし、オーガスタスが眉尻を下げる。
「……なあに? リルは僕に早く帰ってほしいわけ?」
「そっ……!」
 リルはぐるんと顔を動かして彼を振り返った。神秘的な配色の双眸と視線が絡む。
(……そんなこと、ないけど)
 しかし引き留めるようなことは言える立場ではない。リルはゆっくりとおもてを前へ戻す。陽が落ちて、暗闇の気配が増している。
「そ……れは、あなたが決めることだわ」
 ずいぶんと間があった。薄暗闇のなかの静寂は妙にこたえる。
「……そう、だね」
「っ、ひゃ……!」
 乳房を下から持ち上げられた。ぐにゃぐにゃと揉み込まれていて、いつもよりも――先ほどよりもどことなく荒々しい。
 首すじにちくりと痛みがほとばしる。それが、リルの素肌に赤い痕跡を残す行為だとわかっているが、なぜ彼がそれをほどこすのか、その意味までは理解していなかった。
「ぁ、う……っ。は、ぁぁ……っ」
 尻に当たっている硬直の主張が激しい。求められているのがよくわかる。こたえたい気持ちがないわけではないが、湯のなかでいったいどうすればよいのかわからない。
「リル、僕のを挟んで」
「ふ……っ?」
 同じほうを向いて座るふたりの体が湯のなかでうごめく。
「あ……」
 脚のあいだから、陽根が顔を出した。湯に沈んでいるから、ゆらめいて見える。
「ほら、もっと締めて。僕のを拘束して、あなたの脚で」
 オーガスタスはリルの両脚をつかんでクロスさせた。そうすることで、いっそう肉棒が秘芯に当たるし、彼のそれも締まる。
「ん、じょうずだよ、リル……。そのまま締めていて」
 硬直が上下に揺れ始める。ふたりの体を中心に、湯面に波紋が広がっていく。
「んぁっ、ふ……っ!」
 初めは小さな波だったが、しだいに大きくなって、いまやばちゃばちゃと激しく水音が立っている。
 乳房の先端をこりこりともてあそばれ、花芽をこする肉竿の動きとあいまってとても気持ちがよい。
 畑仕事で疲れていたこと、彼がいつかはいなくなることを憂いていたのをすっかり忘れてリルはもたらされる快感に溺れた。
「リル、こっちを向いて……」
 上半身をよじって振り向くと、唇を覆われた。割り入ってきた舌が歯列を撫で、リルのそれを絡め取る。体は互いに上下に激しく弾んでいる。彼の舌を噛んでしまわないか、少し不安になった。
 しかしそう思ったのもつかの間、巧妙な舌戯のせいで快楽以外のことには意識がまわらなくなる。
 不意に唇が離れた。リルは彼の名を、愛しさを込めて呼んだ。
「……――っ」
脚のあいだに挟み込んでいた一物が震えたのがわかった。半びらきの口で熱い息を吐くオーガスタスは性的な色香にあふれている。
 白金の髪の毛も湯気で濡れているし、顔も体もしとどに汗をかいている。なまめかしさを感じずにはいられない。
 急に、オーガスタスが笑った。
「……ナカに、欲しくなってない?」
「なっ……!?」
 リルは彼を観察するのをやめて顔をべつのほうへ向けた。
(そんなに、ものほしそうな顔をしていたのかしら、私……)
 自分自身のことなのに、どうしたいのかわからないので、ひとまず否定する。
「そんなわけないじゃない。まだなにかするつもりなの?」
 つっけんどんにそう言うと、オーガスタスは静かにため息をついた。落胆しているようだ。
「……わかった。我慢するよ、今日は」
 濡れた手のひらがリルの頬に触れる。右の頬、それから少し間をおいて、左の頬も。
「――明日は、いい?」
 彼の表情はわからない。ふたりとも同じほうを向いているし、あたりはかなり暗くなってしまったので、向かい合っていたとしてもわかりづらいだろう。
「……わからない、わ」
 はっきりと「いやよ」と告げなかったのは、リルにも「そういう」気持ちがあるからだ。
(いつまで、一緒にいられるんだろう――)
 びゅうっ、と強く風が吹きすさんだ。
 風にあおられた木の葉が暗闇のなかを舞い、音もなく湯面に落ちた。

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