ひきこもり令嬢は囚われの貴公子に溺愛される 《 第四章 つむいだ時間 01

 吹き抜ける風が新緑の朝露をはじく、そんなある日の早朝。
 リルとオーガスタスはふたりで連れ立って森のなかを歩いていた。
 肌をかすめる風は心地がよく、吸い込む空気はつめたく、爽快だ。
「さわやかで気持ちがいい朝だね、リル」
「そうね……。たまにはこうして、なにも考えずに森を歩くのもいいわね」
 薬草つみや野菜の手入れなど、ふだんはなにかしらの目的がなければ森のなかを歩かない。
 目的もなくひとりで森を歩くのは、どうしても時間の無駄に思えてしまうが、彼が――オーガスタスがとなりにいるというだけで、無駄だとは思えなくなる。
 ふたりはたわいのない会話をしながらゆっくりと森を散策した。


「――もしかして、この森の魔女?」
 屋敷からはかなり離れて、森のはずれにきたときだった。
 突然、茂みから顔を出したのは金髪の少年。不意に話しかけられ、リルは面食らっていた。
「え、ええと……。そういうふうに呼ぶひともいるわね」
 金髪の少年は十歳くらいだと思われる。頬にはそばかすがある。「ふうん」と気のない返事をして、じいっとリルを見つめている。
「……怖くないの? 私のこと」
「うん。魔女は見た目は変わってるけどいいひとだって母さんが言ってたから」
「あ、そう……」
「そっちのお兄さんも、瞳がへんだね」
 リルはあわてて少年をとがめる。
「ちょっと、きみ!」
 思わず身を乗り出す。するとオーガスタスに両肩をそっとつかまれた。
「まあまあ、リル。本当のことだし」
「………」
 こういうとき、どう言えばよいのかわからない。気にしないで、などとなだめたところで、彼はそもそも気にも留めていないかもしれない。
 リルが押し黙っていると、とくに悪びれたようすもなく少年が口をひらく。
「ねえ、お姉さんたち。このくらいの大きさの、茶色い袋を見なかった?」
 少年は両手の親指と人差し指で円を作って見せている。
「いいえ、私は見なかったわ。オーガスタスは?」
「僕も心当たりはないなぁ……」
 オーガスタスは手のひらを左右に広げ、首をかしげた。
「そっか……」
 悲しそうにしゅんとこうべを垂れる少年を前にしては、詳しく聞かずにはいられない。
「なあに? その袋、落としてしまったの?」
「うん。木の実を拾うのに夢中になってて……。落としたのに気付いたのは、ついさっき。その袋のなかには僕の――」
 少年はこほっ、と一回だけ咳をした。このときは、それはただの咳払いだと思った。
「ううん、なんでもない。とにかく……それがないと僕、とっても困るんだ」
 少年の顔が青ざめたように見えた。本当に困っているようすだ。
「よし、じゃあお兄さんたちも探してあげよう。いいよね? リル」
「ええ、もちろん」
 こくこくと二回うなずいて同意する。
「本当? ありがとう。ふたりともいいひとだね」
「礼を言うのはまだ早いぞー。その袋が見つかってから、な?」
 オーガスタスはほがらかにほほえみ、少年の頭をポンッと軽くたたいて撫でた。
(なんというか……ほほえましいわね)
 彼がふだんとは少し異なる――子ども相手の、いっそうくだけた口調だったからか、オーガスタスのべつの一面を見たような気がして、リルはひそかに喜んだ。


 それから三人は手分けして少年の落とし物を探した。手分けといっても、大声で呼び合えば居所がわかる範囲で、だ。
(うーん……見つからないわね)
 森は木々が生い茂りうっそうとているものの、陽が高くなってきたので木漏れ日が地面を照らしていて、明るい。
 リルは葉や草をかきわけて茶色い小袋を探していた。
「ねえ、きみ。木登りはしなかった?」
 リルは地面にうずくまっている少年に向かって大きな声で言った。
 もしかしたら木の枝に引っかかっているのかもしれない。もしそうならば、地面ばかり探していては見つからない。

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