ひきこもり令嬢は囚われの貴公子に溺愛される 《 第五章 捜索と決別 04

 くるりとうしろを向いて、裏口のドアノッカーを鳴らす。
「――まあっ、リルお嬢様!」
 裏口はメイドの休憩室につながっている。
 扉を開けて出てきたマクミラン家のメイドは雨に濡れているリルを見るなり血相を変えた。
「すぐにご入浴の準備をいたしますっ。お召し替えをしなければ」
 顔見知りである老年のメイドはあわてたようすで年若いメイドになにやら指示を出しはじめた。
「ああ、いいの。どうかお気遣いなく。それよりも、お兄様はいま屋敷にいらっしゃる?」
「はい、いらっしゃいますが……」
「すぐに会わせてもらえるかしら。お願い」
 白髪頭のメイドは眉尻を下げて「わかりました」といかにもしぶしぶ言った。
 ロランの執務室へと歩く。ドレスの肩口はいまだに濡れているが、すそは乾いていたのでマクミラン家の重厚なカーペットは汚れずに済んでいる。
 メイドの取次ぎでロランの執務室へ入る。
 なんの前触れもなく、薄汚れたドレスで訪ねてきたリルにロランはとても驚いていた。
「なっ、どうしたんだい、リル。早く着替えなさい」
「ううん、いいの。今日は頼みがあって来たの」
 急いでいるのだと付け加えてリルは続ける。
「お兄様、頼りにしてばかりで本当にごめんなさい。私、ルアンブル国のラスウェル公爵令息、オーランドに求婚したいの」
 一息に言うと、ロランはしばしのあいだぽかんと口を開けたまま固まっていた。


「――求婚を断られた」
 ロランに事情を説明し、オーランドへ求婚の申し入れをしてから一日も経たず、求婚を断る書面をラスウェル公爵家から突きつけられ、リルは唖然とした。
 リルはロランの執務室で彼と向かい合い息巻く。
「そんな……会ってもいないのに!」
 こちらとて、いくおくれといえど公爵令嬢だ。しかも相手にとっては隣国の王家筋の令嬢。となれば、会いもせずに求婚を断るのはさすがに失礼だ。
「先方はおそらく縁談の中身を確かめもせず片っ端から断っているんだろう」
 そう告げたロランの表情はそう暗くなかった。机のうえに置いてあった書状をロランはおもむろに手に取る。
「だが朗報もあるんだ。ルアンブルの第一王子から茶会の招待状が届いた」
 ルアンブル国の第一王子――本物の、オーガスタス殿下から。
「行くわ!」
「わっ、即答とは。変わったね、リル。ああ、いい意味だよ」
「自分の見た目なんて気にしている場合じゃないもの」
「そっか。そんなに彼のことが好きなんだね。ちょっと寂しいなぁ」
「寂しい? どうして?」
「僕よりも大切な人を見つけてしまったんだろう? これまで娘のようにきみをかわいがってきたからね」
「でもお兄様とオーランドでは抱いている感情が全然違うわ」
「はいはい、のろけはそのへんにしておいてよ」
 むくれるロランにはかまわずリルはあごに手を当てて考え込む。
「オーランドはその茶会に参加するかしら」
「……うーん、僕なりにラスウェル公爵令息のことを調べたんだけど、なかなか複雑な家庭事情のようで。表向きは、オーランドは日の光も浴びることができないほど病弱だということになっていて、社交の場にはいっさい姿を現さないんだ」
「なによ、それ。まったくの嘘だわ。だって彼、とっても元気よ」
「まあそのあたりも、ルアンブルへ赴いて探ってくるといい。僕は所用で行けないけど、執事とメイドを何人かつけてあげるから」
「……ありがとう、お兄様。私、本当にお兄様には頭が上がらない」
「いいんだ。きみにはいろいろと世話になってるからね」
 ロランがぽんぽんっ、と自身の頭を叩く。彼が毛生え薬のことを示しているのがわかって、リルは「ふふっ」と声を出して笑った。


 ルアンブル城で催された茶会は第一王子オーガスタスのごく親しい友人だけを集めたこぢんまりとしたものだった。
(よかったわ。もし大規模なものだったら、オーガスタス殿下にオーランドの話を聞くことすらままならない)
 リルはルアンブル城での茶会にできるかぎりの若作りをして出席した。まわりに、未亡人だと思われては困る。オーランドへの求婚はまだあきらめていない。
(何としてもオーランドの情報を聞き出さなくっちゃ)
 第一王子オーガスタスからみてオーランドは従弟に当たるとロランから聞いた。仮面舞踏会の夜、彼とオーランドが入れ替わっていたことを鑑みてもふたりは親密な仲に違いない。

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