ひきこもり令嬢は囚われの貴公子に溺愛される 《 第五章 捜索と決別 05

 ルアンブル城の優美な庭でリルは機会をうかがっていた。円卓の上に乗せられた瀟洒なティーカップを手に取り紅茶をすする。さすが王城、よい茶葉を使ってある。
「――リル・マクミラン嬢だね?」
 オーガスタス・クレド・ルアンブルはオーランドよりも大人びていた。事実、オーガスタスのほうがオーランドよりも何歳か年上だ。見た目は瞳以外よく似ているが、まったく別の人間だとすぐにわかった。オーガスタス殿下は悠然としていて、いかにも王族らしい。
 リルは立ち上がり、王子に礼をとる。すると王子は「あまり気を遣わないで」と言ってリルの隣に腰を下ろした。
「きみはオーランドに求婚したそうだね?」
「はい。あの……オーランドのことを教えていただけますか」
「うん、もちろん。そのためにきみに来てもらったんだ」
 王子はぽつりぽつりと話し始める。
「オーランドの瞳は先祖がえりなんだ。それも、逆賊と言われた先祖と同じ青と金のオッドアイ――」
 王子はオーランドが母親に虐げられていることや彼がこれまで屋敷の外へ出たことがないということをリルに語った。
 その話を聞いてリルは妙に合点した。仮面舞踏会のあの夜、裸馬で疾走したとき。彼は――オーランドは本当に、初めての世界を目にしたのだ。
「きみは仮面舞踏会でオーランドに出会い、そしてきみは彼のことを好きになったんだね?」
 リルは「はい」と返事をして深くうなずく。王子が嬉しそうに顔をほころばせる。
「オーランドのことは弟のように思っているんだ。年齢が近いし、見た目もよく似ているし。彼を屋敷の外へ連れ出すのは難しくない。僕は王子様だからね。その気になればなんでもできる。ただ、彼自身が外界に興味がなかったんだ。オーランドは幼い頃、母親に虐待されていたとさっき話したね。そのせいか、外へ出ようとしなかった。まさか二十五歳になってもそんな状態が続くとは思っていなかった」
 王子が紅茶をすする。先ほどから彼は話し続けているから、喉が渇くのだろう。
「彼が自主的に行動を起こすのを待っていたけど、いっこうに埒があかない。だから、彼の興味をひく『なにか』を見つけて欲しくて――あの仮面舞踏会の日だけ、入れ替わった」
 彼の口もとが大きく弧を描いた。そういう表情はオーランドと酷似している。
「その『なにか』が、きみだ。オーランドはいま、さぞや外へ出たいだろうね」
「そう……思ってくれているとよいのですが」
「大丈夫。きみたちが過ごしたひとときを信じるんだ」
 王子が言葉を継ぐ。
「きみがオーランドのもとへ行けるよう手はずを整えておいた。今夜、彼を訪ねるんだ。……いや。彼をさらって欲しい」
「……!」
 まさか王子の口からそんな言葉が出るとは思いがけず、リルは面食らう。
 目を見張るリルを横目に、王子は少年のようにニイッと口角を上げて笑みを形作った。


 ラスウェル公爵邸はとても閉鎖的だった。邸のまわりは異様なまでに高い塀に囲われており、いっさいの外敵の侵入を許さないといった造りだ。
 リルは高くそびえ立つレンガ造りの塀を見上げて息をついた。
(これは……オーガスタス殿下の手引きがなければ忍び込めなかったわね)
 三日月の夜、オーガスタスがオーランドのもとを訪ねるさいに使うという裏門をから邸の敷地内へ入ったリルは、邸の裏側に位置するもっとも奥まった場所にあるというオーランドの部屋の窓の前で心臓を高鳴らせていた。
「それじゃあ、頑張って。僕は外の馬車で待機しているから」
「はい。ありがとうございます、オーガスタス殿下」
 王子はランプを片手にウィンクをして去って行く。リルはそれを見送ったあと、部屋の窓へ近づきコンコンッとノックした。オーランドにはあらかじめリルの訪問を伝えてあるらしいから、窓を叩くこの音に気がつかないということはないはずだ。
 カーテンが、そして窓が、ゆっくりとひらく。
「――リル」
 自分の名を呼ぶ声は少し掠れていて、どこか弱々しかった。窓の向こうにはオーランドがいる。窓辺にたたずむ彼は森で過ごしていたときとはまったく違った。濃紺の上着には華美になりすぎない銀色の刺繍がほどこされ、クラヴァットは清潔感のある白。なかのドレスシャツは小ぶりのフリルが縦に走っている。まるで貴公子だ。深窓の令嬢ならぬ、深窓の貴公子。
「突然押しかけてごめんなさい。……中に入れてくれる?」
 窓ごしに立ち話をしていてだれかに見つかると厄介だからそう言った。
「うん。入って」
 部屋のほうが地面よりも高い。リルはオーランドに脇を支えられて部屋の中に入った。
(すごい量の本ね)
 壁一面が本で埋め尽くされている。これだけ読書をしていれば博識になるのもうなずける。きょろきょろとあたりを見まわすリルにオーランドは物憂げな視線を送っていた。

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