ひきこもり令嬢は囚われの貴公子に溺愛される 《 第五章 捜索と決別 06

「来てくれてありがとう。まずはお茶でもどう?」
「ええ……。あ、私がするわ」
 ティーワゴンの前へ行き、紅茶を淹れる。ティーカップはきちんとふたつ用意してあった。
 リルは茶を淹れる手を休めずにオーランドに話しかける。
「ねえ、オーランド。森から出て行ったのはあなたの意思?」
「いや……違うよ」
 リルはほっとした。もし彼が、彼の意思で森を出て行ったのならば連れ帰るのが難しくなるからだ。もし彼の意思で森を去ったとしても、説得するつもりではあったが。
「ごめん、リル。迷惑をかけて……。僕はずっとあなたをだましていた。僕は……ルアンブルの王子なんかじゃない。二十五年間、この屋敷から出たこともなかった井の中の蛙なんだ。何度も打ち明けようと思った。でも、こんなみっともない本当の僕を知られて……失望されるのが怖かった」
 オーランドが話し終わる頃には紅茶を淹れ終えていた。しかしとても、のんびり紅茶を飲むような雰囲気ではない。オーランドはうつむいたままこぶしを握りしめ、矢継ぎ早に言う。
「初めて外の世界を知って……ついはしゃいでしまって。あなたには本当に迷惑をかけてしまった。すまな――」
「あやまらないで!」
 声を荒げたリルを、オーランドは驚いたようすで見やる。リルは彼の両手をつかんだ。オーランドの手は冷え切っていた。それが、いやに哀しくなった。冷たく暗いこの部屋で、彼は二十五年間もひとりで過ごしてきたのか。
 外の世界に憧憬はあった?
 自身の境遇を恨めしく思わなかった?
 ――心のよりどころは、あった?
 聞きたいことはたくさんある。しかしそうやすやすと触れられるものではない。
 それよりもいまは、これからどうするかということのほうが先決だ。
「あなたはずっとここに囚われていたのね。私が救ってあげる。私と一緒に来て」
「……リル」
「あなたが知る『女』は私だけでいい。私はあなたに初めてを捧げた。私も、あなたの初めてをもらった。お互いに責任を取るの。いいわね!?」
 彼の意思を確かめもせず身勝手なことを強いている。それでも、そう言わずにはいられなかった。
 彼が欲しい。彼のぬくもりを知ってしまったから。もう手放せない。オーランドの両手はリルと同じ温度になっていた。
 リルの剣幕に気圧されたらしいオーランドがこくこくと何度もうなずく。それから、ふわりとほほえんだ。
「……ありがとう、リル。あなたは僕の女神だ」
 両手を握り返す手は力強い。リルも、彼と同じくほほえみを返そうとした、そのとき。
 何の前触れもなくバタンッとひどい音を立てて部屋の扉がひらいた。
 オーランドと手を握り合ったまま扉のほうを振り返る。そこにはいかめしい表情をした中年の女性がいた。
「……母上」
 オーランドの声は心なしか震えていた。
「あなたはだれ? オーランドに何の用かしら。ここへ入ったのは……殿下の手引きね」
 彼女の青い瞳に見つめられるとなにもかも見透かされているような心地になった。イルニアは憤然とふたりに近づく。
「わ、私は――」
「母上、僕を勘当してください」
 リルが答えるよりも先にオーランドが言った。イルニアが足を止める。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
 驚いたのはリルも同じだ。オーランドを連れ帰るつもりでいたが、彼がラスウェル公爵家との縁を切ることまでは考えが及んでいなかった。
「あなたはオッドアイの僕がラスウェル公爵家の嫡子だから外へ出したくないのでしょう。だったら僕はその縁を切り、ただのオーランドになる。それならばなにも問題ないでしょう?」
 オーランドの提案に、イルニアは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「それからどうするの。そこのお嬢さんに養ってもらうの?」
 イルニアの言葉には明らかな蔑みが含まれていた。リルが反論しようと口をひらきかけると、オーランドは制するようにぎゅっと彼女の手を握りしめた。
「僕は――本当はずっと医者になりたかったんだ。初めは彼女に……リルに迷惑をかけることになると思うけど、いずれは自立して生計を立てられるようになってみせる」
 オーランドの青と金の瞳にはその意思を映したような強い光が灯っている。
「僕は彼女と生きる。ラスウェル公爵令息の名は、もういらない」
 イルニアの顔が歪んだ。打ちひしがれているようにも見える。しばらく誰も言葉を発しなかった。
「……勝手になさい」
 そう吐き捨て、イルニアは険しい表情のままきびすを返し、部屋を出て行った。
 残されたリルとオーランドは互いになにも言わなかった。ふたりして沈黙する。
「……母上は『だめだ』とは言わなかった。あのひとなりの優しさなんじゃないかな」
 オーランドは憑き物が落ちたような顔をしている。
「……うん。そうだと思う。きっと本当は優しくて……臆病なかたなのよ」
 リルが言うと、オーランドはハッとしたように顔を上げ、それから穏やかに笑みを浮かべる。
「リル。一緒に頑張ってくれる?」
「もちろん」

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