ひきこもり令嬢は囚われの貴公子に溺愛される 《 終 章 想いのままに 01

 ふと目覚めると、そこに愛するひとの顔があった。
 天蓋付きのベッドを背に、オーガスタスがほほえんでいる。
「具合はどう? リル」
 穏やかな声音はとても心地がよく、リルはつい「平気よ」と答えた。
 オーランドを求めてルアンブル国へ赴き、ロランの屋敷に帰りついた直後。リルは高熱を出して倒れてしまったのだった。
 森からロランの屋敷まで雨の中をずぶ濡れになって歩いたことと、自国とルアンブル国を短期間で往復するという旅の疲れがたたったのだろう。
 オーランドはリルの頬をそっと撫でる。
「……嘘。まだまだ熱があるよ。体、だるいでしょ」
 頬に触れてきた大きな手のひらはつめたく感じた。言われて初めて気がついたが、確かに下半身が重く、全身に倦怠感がある。
「食欲はある? リルお姉さま」
 突然、小鳥が鳴くような美声がした。オーランドとは反対側を振り返ると、そこには姪のカトリオーナとそれから彼女の母であるイザベラの姿があった。
 カトリオーナにとってリルは叔母なのだが、リルのたっての希望で「お姉さま」と呼ばせている。
「リルったら、あいかわらず無茶ばかりね?」
 ウェーブがかった鮮やかな金髪の女性が言った。イザベラはリルのことをじつの妹のように可愛がってくれている。リルのよき理解者のひとりだ。
「ごめんなさい、イザベラ。また迷惑をかけてるわね……」
 リルがしゅんとして言うと、
「そんなの、いつものことじゃない」
 と姪のカトリオーナが口を挟んだ。彼女はロランに瓜二つで、透明感のある蒼い髪の毛に淡褐色の瞳をもつ可憐な美少女だ。
「それよりリルお姉さま、お母様特製のスープがあるの。胃にとっても優しいのよ。どう?」
「ええ、いただくわ」
 正直なところあまり食欲はないが、せっかくのスープだしそうして栄養を摂ったほうが早く回復するだろう。
 リルが起き上がろうとしていると、オーランドがそっと彼女の背に手を添えて助けた。
 カトリオーナからスープ皿を受け取り、スプーンで口に運ぶ。白い陶器のスプーンは舌ざわりがよく、またスープも濃すぎず薄すぎず、とても美味しかった。なかった食欲が自然と湧いてくる。
 スープを飲み進めていると、それまでベッド脇に立っていたカトリオーナがベッドの端に両手をついて身を乗り出した。
「それで、リルお姉さま。オーランドお兄さまとはどこまでいってらっしゃるの?」
「――っ!!」
 カトリオーナはいかにも興味津々といった表情でリルの顔をのぞき込んでいる。
 口に含んでいるスープを吐き出しそうになっているリルにはおかまいなしに、丸椅子に腰かけていたイザベラも口をひらく。
「ああ、わたくしもそれはぜひ聞いておきたいところね。もし、もう子どもの予定があるのなら、急いで準備をしなくちゃいけないし」
 ごくんっ、と性急にスープを飲み込み、リルはあわててふたりの顔を見上げる。
「まっ、待って! ふたりとも、なにを言っているの」
「あら、とぼけてもだめよ、リル。わたくしたち、オーランドから少しだけ聞き出しているんだから。肝心なところは、なかなか口を割ってくれないけれど……」
 イザベラが恨めしそうにオーランドをにらんでいる。いっぽうのオーランドは両の手のひらを肩のところまで掲げてとぼけてみせた。
 オーランドもイザベラも、カトリオーナもそうだがみな気さくなので、打ち解けるのにそう時間を要さなかったようだ。
「リルお姉さま、教えてちょうだい。どうなの?」
「わたくし、以前からあなたとこういう話をしたかったのよ。リルったらひとつも浮いた話題がないものだから」
「あ、ええと……っ、その」
 カトリオーナとイザベラの顔を交互に見つめてうろたえる。
 ああ、こうしてふたりに目を向けてみてわかった。彼女たちの髪色はオーランドの瞳とそっくりだ。鮮やかな青と、金色。
 思わぬ共通点を見つけたリルは、なんとか話を逸らそうと「ああっ!」とわざとらしく声を上げてその発見を雄弁した。
「あら、そんなこと。とっくにオーランドと話したわよ? 話題を変えようとしても無駄よ、リル」
 イザベラに一蹴され、がくりとうなだれる。
「まあまあふたりとも、リルはまだ熱があるんだし。そのへんにしておいてあげてください」

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