快感マッサージチェア 《 05

おかしなモニター体験をしてから数日が経ったある朝、彩奈はベッドの上に寝転がったまま手探りで携帯電話を手に取った。こんなに朝早くからメールが来るなんて珍しい。眠いまぶたを擦りながらケータイのロックを解除する。

(なによ、これ……!)

男女が生々しく繋がった写真は朝から見るにはとても重い。それが自分の夫と、見知らぬ外国人の女性となれば発狂せずにはいられない。
彩奈は飛び起きて、スマホの画面をタップした。夫の顔を拡大してみる。

(……間違いない。どうして、こんな……)

メールの送り主は夫ではない。アドレス帳には載っていない、知らない誰かからだ。

ピリリリ、と今度は着信音が鳴って、彩奈の心臓は不整脈になりそうなほど驚いて跳ねる。またしても得体の知れない番号で、きっとメールの送り主だろうと思って彩奈は電話に出た。

「……もしもし」

『おはようございます、彩奈さん。お目覚めはいかがですか?』

「さいっっあくよ」

電話口からは数日前に聞いたあの男の声がする。なんとなく予感はしていた。こんなメールを送って来そうなのは、彩奈が知っている人間ではアイツくらいしかいない。

「なんなの、あの写真……合成なの?ていうか、どうして私の夫をあなたが知ってるの」

彩奈は修吾が先ほどのメールの送り主だという前提で話した。

『やだなあ、合成なんかじゃないですよ。旦那さんのことは……まあ、とあるルートを使って調べました。そしたら面白いこと……じゃなかった、大変なことが分かったのでぜひ彩奈さんにお知らせしなくてはと思いまして』

やっぱり彼だった。朝からこんなメールを送って来るなんて、本当に性根が腐ってる。

「あなたの言うことなんて信じられない」

『まあまあ落ち着いて下さい。もっと詳しい話をしてあげますから』

「結構です。彼に直接 聞くから、いい。今後一切、私に関わらないで」

彩奈は電話を切って、スマホを布団の上に投げつけた。やり場のない怒りを携帯電話に向けるなんて情けない。だけど、何かに当たらずにはいられなかった。

(きっと何かの間違いよ……彼が、浮気なんて)

誠実な夫の面影を思い出しながら彩奈は震える指先で携帯電話を操作し、不愉快の極みである写真を海の向こうにいる夫に転送した。

***

何度も押される玄関チャイムの音に嫌気がさして、彩奈は扉を開いた。もちろんチェーンロックは掛けたままだ。

「……帰ってって言ってるでしょ」

110と表示されたスマホを、玄関扉の向こうにいるスーツの男に見せつけながら彩奈は唸るように言った。

「ですから、少しお話がしたいだけですってば」

「帰って。本当に警察を呼ぶわよ」

「どうぞ、ご自由に」

修吾は両手を頭の横に持ってきてヒラヒラと振っている。彩奈が本当に警察を呼ぶわけが無いとタカをくくっているのか、飄々とした態度は相変わらずだ。

「……話って、なに」

「ここじゃアレですから、どこかでお茶でもしながらどうですか?」

「イヤ。引越しの準備で忙しいんだから」

「そう、それですよ。離婚して職も新居もない彩奈さんには持ってこいの話なんですが」

彩奈はギリ、と歯を食いしばって修吾を睨み上げた。夫の浮気は結局のところ真実で、彼もそれをアッサリと認め、さらにアッサリと離婚することになって、いま正に引越しの最中だ。夫にはそのままここに住んでいても良いと言われたけど、世間体もあって引っ越すことにした。

「実家に帰るから、結構よ」

「その後はどうするんですか?ご実家の近くでは働くところもそれほど無いでしょう?」

なぜ彼は彩奈の実家が田舎であることを知っているのだ。何もかも彼に踊らされているような気がしてきて、胃のあたりがズンと重くなる。

「とにかく帰って。あなた、何でも知ってて気持ち悪い」

「ひどいなあ……。でもまあ、困ったときはいつでも連絡を下さいね。待ってますから。名刺、もう一度お渡ししておきます」

修吾はどこか悲しげに微笑んで、ポストに名刺を挟み込んだ。渡す、と言いながらそうしなかったのは、彩奈が受け取らないと分かっているからだろう。
彩奈はすぐに玄関扉を閉め、彼の足音が遠ざかって行くのを待った。

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