言いなりオフィス・ラヴ 《 08

 今度はまぶしさで目を開けた。半開きのカーテンから陽光が射している。あたりを見渡しても中村の姿はどこにもない。

(これ……チャンスかも)

 例の写真が収められたフラッシュメモリーを探す絶好の機会だ。仁美は布団から出てパソコンのデスクに近づいた。仁美の衣服はこの部屋のどこにも見当たらないから、裸のままデスクのまわりを漁る。引き出しや棚をひととおり調べてみたものの、それらしきものはなかった。

(たしか、上着の内ポケットにしまってたよね……。まだ入れっぱなしなのかも)

 ゆっくりとクローゼットを開けて、中村が着ていたスーツを探した。服はたくさんあって、なかなか目当てのものが見つからない。探すのに夢中になっていたからか、

「なにしてるの」

「ぎゃっ!」

 背後から伸びてきた手にふくらみをわしづかみされ、仁美は奇声を上げた。

「色気がないなあ。で、どうしたの。きみの服は洗濯してるから、ここにはないよ」

「え!? じゃあ私が着るものがないじゃない」

「コレで我慢して」

 中村はハンガーにかかっていたワイシャツを手に取って仁美の肩に羽織った。彼のシャツを着るなんて不本意だけれど、裸でいるよりはマシだ。

「朝ご飯……、というかもう昼だけど、できてるよ」

 シャツのボタンを留めながら、仁美は中村に背を押されてダイニングへ歩いた。食卓にはいかにも日本の朝ご飯というふうな料理が並んでいて、すきっぱらにはとてもおいしそうに見えた。しかし仁美は手をつけなかった。

「警戒してる? 大丈夫、今度はなにも入れてないよ」

「……本当に?」

「だってまたきみが延々と眠っちゃったら、エッチできないし」

「……いただきます」

 まだなにかされるのかと思うと吐き気がしたが、空腹のままでは胃液が逆流してきそうだから、とにかくお腹になにか入れることにした。

(悔しいけど、おいしいんだよね……)

 昨晩も思ったけれど、彼は料理上手だ。味つけは絶妙で、きっと万人受けする。けれど、引き出しやクローゼットのなかはわりとごちゃごちゃしていたから、よほどキッチリしているわけではないのだと思う。

「ごちそうさまでした」

 仁美は小さな声でそう言って、茶碗を台所に運んだ。案の定、キッチンはあまり片づいていない。

「皿くらいは洗うよ。片づけ、あんまり上手じゃないみたいだから」

「ありがと。そうなんだよね。俺、料理は好きだけど片づけは苦手で」

 中村はソファに寝っ転がってテレビをつけた。会社ではろくに休憩も取らずに仕事をしているけれど、家ではだらけるタイプのようだ。
 しばらくは特に会話もせず仁美は黙々と皿を洗っていた。彼もなにも話しかけてこない。ふと中村のほうを見ると、目をつぶっていた。どうやら眠っている。

(あ、いまのうちに帰ろう……。って、服がないんだった)

 最後の一枚を水切りに置き、ベランダへ出る。仁美の服はまだ湿っていて、とても着られるような状態ではなかった。
 仁美はしかたなくリビングに戻り、スヤスヤと眠る中村を見おろした。

(……このままじゃ、風邪を引くよね)

 こんな男、風邪のひとつでも引けばいいんだ。そうは思ったけれど、仕事に支障が出ては困る。一応は上司だし。
 寝室から毛布を持って来て彼の身体にかけようとしていると、

「……っ!?」

 突然、手首をつかまれたので驚いて体勢を崩し、ソファに倒れ込んでしまった。

「なっ、起きてたの?」

「うん。柚子川さん、どうするのかなあと思って寝たふりしてた」

 嬉しそうにほほえむ彼はなんだか無邪気な顔をしている。いやいや、この男が無邪気なわけがない。腹のなかはドス黒いということはすでに知れている。

「勘違いしないでよね。本当は帰りたいけど、服がまだ乾いてないし……。中村くんに風邪でも引かれたら、仕事が増えて困るのは私だからっ」

「ハイハイ、わかってるよ。ありがとね」

 つかまれていた手首にキスを落とされ、仁美は不覚にも赤面してしまった。

「顔、真っ赤だよ。まさか手首も性感帯だった?」

「そんなわけないでしょ!」

「じゃあなんで? 照れてるの?」

ぐるんと反転して、ソファに仰向けになる。もの知り顔で距離を詰められ、仁美はうつむくしかなかった。

「そんなんじゃ……、ない」

「純粋だよね、柚子川さんは。背伸びして不倫なんてすることないのに」

「背伸びって、そんな……。私、ステータスのために大輔さんとつき合ってるわけじゃな……っ、ふぐ!」

言い終わる前に指を数本、突っ込まれて、話せなくなる。彼は不機嫌そうに眉間にシワを寄せている。

「ほかの男の名前を言わないで。虫酸が走って舌を引っこ抜きたくなる」

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