言いなりオフィス・ラヴ 《 12

 仁美はピンク色のふせんを見つめていた。週明けの曜日はじめ、外まわりを終えた仁美はデスクのうえに置いてあった課長からの返却書類にいつもの合図を見つけ、悶々とした気持ちのまま一日を終えた。
 いつものホテルで、いつもとは違ってシャワーを浴びずベッドに腰かけた。間もなくしてやって来た課長も、服を着たまま仁美の隣に座った。

「中村と、寝たのか?」

 課長の視線は仁美の首筋をとらえていた。おそらく中村につけられた赤い印を見つめている。仁美がうなづくと、課長は「そうか」とだけつぶやいた。

「そろそろ潮時だな。俺も嫁さんに少し疑われてるし……。もう、会うのは止めよう」

 彼の言葉が予想通りすぎて、仁美の心のなかは虚無感でいっぱいになった。こんなにもあっさりと終わりがくるなんて。

(ううん、これ以外の結末なんて期待してなかったんだから)

 仁美はこうべを垂れる。

「……いままで、ありがとうございました」

 振り絞るように声を出して立ち上がり、扉の方へ歩いた。彼はなにも言わなかった。本当にこれで終わりなのだと、告げているかのようだった。


 課長と別れた翌日、仕事ではミスばかりを連発してしまい、仁美は夜の10時をまわっても会社にいた。部署の人間は仁美のほかにひとりをのぞいて誰もいない。

「柚子川さんはそろそろ帰ったら? あとは俺がやっておくよ」

「そんなわけにはいかないよ。私のミスなんだし」

「そのようすだと……、課長とは別れたんだ?」

 脈絡のない問いかけに仁美は手を止めた。その話はいま、したくないのに。

「中村くん……。課長と私の写真をいますぐばら撒いて」

 目からこぼれ落ちた水滴が書類を濡らす。ああ、また印刷のやり直しだ。

「私……、大輔さんのことが、まだ……っ」

 ガタン、と椅子が倒れて床に転がった。中村は仁美を無理やり立たせて自身の胸に押しつけている。

「ばら撒くのは、できない」

「……なんで? さんざん脅してたくせに」

「あんなデータ、はじめからバックアップなんか取ってないよ。仁美がほかの男と繋がってる写真なんて、そう何度も見たいものじゃあないから」

「なにそれ……。じゃあ、私はなんのために中村くんの言いなりになってたの。はじめから存在しないものに振りまわされて……」

「そうだよ。仁美と課長のあいだにははじめからなにもない。強いて言うなら、仁美が俺の言うことを聞いていたのは仁美自身と、俺のため、だ」

 よくわからない理屈をこねられているのに、彼が言うと妙に納得してしまう。両頬を覆う中村の手は熱くて、口内に入り込んできた舌も負けず劣らず熱い。絡め取られると溶けてしまうんじゃないかと思った。

「ん、ん……っ」

 涙が次から次にあふれてきて、止まらない。自分のなかでなにがそうさせているのか、もはやよくわからない。

「もう忘れろ。俺のことだけ考えてろ。これ、命令」

 唇をむさぼっていた舌が首筋に這う。ジャケットとブラウスのボタンを外しながら中村は唇をどんどん下降させた。

「ちょ……っと、待って。ここ会社だよ」

「会社じゃなかったらいいんだ? 仁美のおっぱいを舐めても」

「っや、そういう意味じゃ……、っふ!」

 そうこうしているあいだにブラウスのボタンを全て外されていて、中村は脇の下から腕をまわしてブラジャーのホックを弾いた。

「待ってったら……。中村くん、つき合ってるひとがいるって言ってなかったっけ。私、もう誰かの好きなひととこういうことはしたくない……」

「いないよ、そんなひと」

「嘘。前に言ってたじゃない。お嫁さんになってくれるひとがいるって」

「ああ……、うん。そのひとはいま俺の腕のなかだから」

 強く頭を抱かれ、仁美は彼が言ったことの意味を考える間もなく重なった唇に気持ちを預けはじめていた。
 ゆるくなったブラジャーを下方にずらし、中村はふくらみの尖った先端を舌で突ついた。体重をかけられているからか、立っているのが辛くなって仁美はデスクに浅く腰かけた。

「あ、あぅ……。んっ、んぅ!」

 支えができたことで彼の愛撫はいっそう激しくなった。くわえられていないほうの乳首は乳輪ごと親指と中指で挟まれ、小高くなった最も敏感な先端は人差し指でグリグリと押し潰されている。

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