いたずらな花蜜 ~妖精がつなぐ未発達な恋心~ 《 第二章 04

 皆の了承を得たところで、アリシアはあらためてアドニスに向き合った。
「それで……探している妖精っていうのは、あなたの恋人かなにか?」
『うん、そうなんだ……。リリアンっていうんだ。素敵な名前でしょ。あ、名前だけじゃなくて、彼女自身もとってもプリティーだよ! 花園で、ふたり仲むつまじく過ごしていたんだけど――』
 別れはある日突然やって来た。アドニスの恋人妖精、リリアンが宿っていた花が、根ごと人間に持ち去られてしまったらしい。
『僕ら妖精は、憑いたものからそう遠くは離れられない。だから、いままで自力では探しに行けなかったんだ』
 それで、話のわかる唯一の動物――人間が、花園を訪れるのをずっと待っていたのだとアドニスは言った。
「それは……タイミングが悪かったな、アリシア」
 フィースは応接室にいたときと同じように、立ったまま腕を組んで壁に背中をあずけている。
『ええ~? すごくいいタイミングだったと思うけどなぁ。むしろきみは僕に感謝してもいいくらいだよ、フィース!』
「はあっ!?」
 いきなり名指しされたからか、フィースは姿の見えない妖精に対してひどくうろたえた。
「か、勝手なことを言うなっ……!」
 なぜか気まずそうにコホンと咳払いをしてフィースは続ける。
「……とにかく。その、おまえの恋人が宿っている花を持ち去った人物のことを教えてくれ」
『うーん、ええと……』
「ひとりだけか? 花園に来たのは」
『ううん、何人かいたよ』
「性別は?」
『男ばっかり』
「その男たちの服装は?」
 職業柄なのか、フィースは尋問さながら、アドニスから情報を引き出していく。
 アリシアは黙ってふたり――フィースとアドニスのやり取りを聞いていた。
「――どうぞ、お座りください」
「ありがとう、キャサリン」
 キャサリンは図書館の事務室らしきところから椅子を三脚持ってきて、それぞれに座るよううながした。フィースには羊皮紙と羽根ペンを渡している。
 フィースは椅子に腰をおろし、脚を組んだ。アドニスから得た情報を羊皮紙に書き記していく。
 彼は机仕事が嫌いだが、教養がないわけではない。外遊びをしたあとは勉学にもよく勤しんでいた。
「――アドニスの恋人を連れ去ったのは、どこかの研究機関だな」
 アドニスの恋人、リリアンが宿っていた花――ユリオネを持ち去ったのは白衣を着た小規模な集団で、薬学かなにかの研究者だろう、とフィースは暫定的に結論づけた。
「ところでアドニス、宿っている花が枯れたら妖精はどうなるんだ?」
『消えちゃう。だから僕らは、花なら枯れる前に、動物なら息絶える前にほかのなにかに憑かなきゃならない』
 アドニスの話を聞いたフィースは「うーん」と小さくうなった。
「……根ごと持ち去られたということは、どこかに――あるいは鉢かなにかに植え替えられているんだろうな。となると、おまえの恋人妖精はいまだにユリオネに宿っている可能性が高い。秘密の花園へ行き、ユリオネを研究材料にしている機関を――まずは国内で該当する研究施設がないか、調べてみよう」
『フィース! きみ、意外と頼りになるね!』
「だったら俺に憑くか?」
『い・や・だ・よ♪』
 ガラにもなくチッと舌打ちをしてフィースは脚を組み直した。
「――話は一段落したようね。そろそろ閉館時間だし、行きましょう」
 クレアは手にしていた本をパタンと閉じて椅子から立ち上がった。いつの間に本を読み始めていたのだろう。フィースとアドニスのやり取りに聞き入っていたので、気がつかなかった。
 アリシアは椅子を事務室に運ぶ手伝いをしながらキャサリンに言う。
「騒がしくしてごめんね、キャサリン」
「いいえ、とんでもございません。またいつでもいらしてください。私も、妖精について調べてみますね」
「うんっ! ありがとう」
 キャサリンに礼と別れを告げ、アリシアたちは王立図書館を出た。向かう先は、王妃の私室だ。
「お母様……お部屋にいらっしゃるといいんだけど」
「チェリーも、あなたと同じでジッとはしていないものね」
「そうなのよね……。このあいだなんて、侍女と一緒にお庭掃除をしてた」
 聞くところによると母はこの城で侍女として働いていたことがあったそうだ。
 出身はブロッサム国の王族なのに、なぜこのシュバルツ国で侍女をしていたのか、詳しいことは知らない。尋ねても、教えてくれないのだ。
「さて、チェリーにはどういう説明をしようかしらね、アリシア。ありのままを話しても平気? その……性悪妖精のイタズラのことは」
 長い廊下を歩きながらクレアがアリシアに尋ねた。
「伏せておいたほうがいいだろ、絶対」
 フィースが性急に口を挟む。あわてているようにも見える。
「あなたの意見は聞いてないわ」
 ピシャリとクレアが言うと、フィースは不満げに唇を一文字に引き結んだ。
『あーあ、立場がないねぇ、フィース』
 アリシアのまわりを飛んでいたアドニスがクスクスと笑いながら言った。
 フィースは前を向いたまま「うるさい」とだけつぶやき、歩調を早める。やけに大股だ。
 アリシアはフィースに合わせて小走りをしながら頭をかかえた。
「うーん……。お母様には、言っておくべきよね。でも、お父様には……」
「そこは、チェリーの判断に任せましょう――」

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