魔鉱石研究所のテラスで茶会を催すことをバートは快諾した。
そればかりか、翌日テラスを訪れてみると、閑散としていた花壇に色とりどりの花が植わっていた。おそらくアリシアのために急ごしらえをしたのだろう。
アリシアとフィース、それからバートはテラスにあらかじめあったガーデンチェアに腰をおろし、丸いテーブルを三人でこぢんまりと囲んだ。
バートが語る研究所の自慢話は反吐が出る内容ばかりだった。
アリシアもアリシアだ。もともと可愛らしい表情を親しげにコロコロと変えてバートの話を褒めたたえている。ばかばかしい話なのだから、熱心に聞かずとも聞き流せばよいものを。
……いや。どんな話でも熱心に聞く姿勢は、彼女の美徳だとは思う。だがそれは自分だけであってほしい。利己的な考えだが、強くそう思った。
「――花壇が彩りにあふれていますね。よく見せていただいても?」
フィースはバートの自慢話の合間に口をはさんだ。話の流れとしては唐突かとも思ったが、早く目的を達成したかったし、これ以上アリシアとバートに話をさせたくないというのもある。
「ああ、いいですよ。どうぞ」
バートはとくに気を悪くしたようすはない。三人は席を立ち花壇へ向かった。
(リリアンは、まだ生きてるんだよな……?)
枯れかけたユリオネはほかの活きのよい花々にくらべてずいぶんと浮いて見える。
『フィース、早く触れて。リリアンはまだユリオネに宿ったままだから』
耳もとでアドニスの声が聞こえた。姿は見えないが、きっとすぐそばで耳打ちしているのだろう。
(妖精が、宿る花を変えるのは――よく考えるとそう容易いことじゃないな)
触れなければ乗り移れないというのは、自由に動きまわることができない植物間では難しいことだ。ユリオネとほかの花は少しも触れ合っていない。ほかに宿れそうな花が目の前にあるというのに手が届かないのは、さぞもどかしいだろう。
フィースはチラリとななめ横を見やった。アリシアはバートと楽しそうに会話を弾ませている。
(俺がリリアンを救い出すのに集中できるよう、気を遣ってるんだろうけど……)
すぐとなりにいるのに、触れられない。その歯がゆい気持ちは痛いほどわかる。意味合いは、異なるが。
『フィース? どうしたの』
フィースはハッとして目を見ひらいた。それから、小さくコクンとうなずき身をかがめる。
花の匂いを嗅ぐふりをしてひざを折り、ゆっくりとユリオネに手を伸ばす。
手で軽くトンッと、白い花びらに触れた。
――なにかが、吹き抜けたような気がした。
フィースの銀髪が、風もなくフワリと揺れる。
(リリアンは……俺に宿った……のか?)
これといって体に変化はないように思える。
よくわからないまま立ち上がると、突如として目の前に萌黄色の小さなクマが現れた。
「……っ!!」
つい大声を上げそうになったが、なんとかこらえた。
萌黄色の小さなクマには蝶の羽が生えている。ああ、こいつが――。
『フィース、ありがとう! リリアンはまだ弱っているから姿を現せないけど、きみのなかに宿って精気を養えばいずれ会えるから! あぁ、本当によかった……。あっ、アリシアにも教えなくちゃ』
アドニスは目の前にいるが、彼の声は耳からではなく頭のなかに直接、響いた。
小さな羽をバタつかせてアドニスはアリシアの前へ移動する。彼女にも、リリアンの無事を伝えているようだった。
アリシアがフィースを振り返る。
「フィース……!」
愛らしい顔で、満面の笑みで見つめられると、不埒な衝動に駆られてしまう。
「……うん」
感情を押し殺し、うなるように返事をした。それから――。
合わぬ土地に無理やり連れてこられて枯れかけている、不憫な花を見おろした。
無事にリリアンを救出することができたアリシアたちは、夜に開催される舞踏会までのあいだ昨日と同じ貴賓室で休憩することになった。
「ああ、それにしても本当によかった……! ねえ、フィース」
アリシアはカウチの真ん中に腰掛け、侍女が淹れてくれた熱い紅茶を一口すすってから言った。
「……ああ」
ななめ前のカウチに座っているフィースはなぜかいまだに浮かない顔だ。やはり、不機嫌そうに見える。
(……どうしたんだろう。やっぱり、私に怒ってる……?)
いったいなにが彼を不機嫌にしているのだろうと考え込んでいると、
『いやぁ~っ、みんなありがとう! 僕の恋人を取り戻してくれて!』
いつものように喜びを体で表現しながらアドニスがローテーブルの上方に現れた。アリシアとフィースの視線が彼に集中し、自然とふたりは見つめ合うかたちになる。
「あ……。え、と……。フィースも、アドニスが見えるようになったのね?」
アリシアが尋ねると、フィースは先ほどと同じように「ああ」とだけ答えた。
(う……。そっけない)
アリシアは目のやり場に困った。苦しまぎれに、喜びの舞を披露しているアドニスを見つめてみる。
『私はアドニスの恋人なんかじゃないわ!』
「――!?」
突如、アドニスのかたわらに現れたのは白に近い金色の髪をした可憐な少女――妖精リリアンだった。
『リリアン! 元気になったんだね! よかったぁぁ……』
アドニスがリリアンにフヨフヨと近寄る。しかし彼女のほうは、どう見ても再会を喜んで感動しているふうではなかった。
『助けてもらったことは感謝してるわ。ありがとう。でも、あなたの恋人になった覚えはない!』
ヒトより小さいながらもリリアンは迫力がある。お調子者のアドニスも、さすがにショックを受けているようだった。
アドニスはうなだれてしばし沈黙したあと、フィースのもとへ飛ぶ。
『フィース! アリシアと結婚して! じゃなきゃリリアンと一緒にいられないっ』
「けっ……こん!?」
そう言って驚いたのはアリシアだ。フィースはなにも答えず、翡翠色の目を細めただけだった。
「……いや、どうであれ目的は果たせたんだから……。アリシアに憑くのはやめて大人しく花に宿ってくれ」
『えぇぇ~っ……』
フィースの返答に落胆したのはアドニスだけではなかった。
(……私、なんで落ち込んでるんだろう)
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そればかりか、翌日テラスを訪れてみると、閑散としていた花壇に色とりどりの花が植わっていた。おそらくアリシアのために急ごしらえをしたのだろう。
アリシアとフィース、それからバートはテラスにあらかじめあったガーデンチェアに腰をおろし、丸いテーブルを三人でこぢんまりと囲んだ。
バートが語る研究所の自慢話は反吐が出る内容ばかりだった。
アリシアもアリシアだ。もともと可愛らしい表情を親しげにコロコロと変えてバートの話を褒めたたえている。ばかばかしい話なのだから、熱心に聞かずとも聞き流せばよいものを。
……いや。どんな話でも熱心に聞く姿勢は、彼女の美徳だとは思う。だがそれは自分だけであってほしい。利己的な考えだが、強くそう思った。
「――花壇が彩りにあふれていますね。よく見せていただいても?」
フィースはバートの自慢話の合間に口をはさんだ。話の流れとしては唐突かとも思ったが、早く目的を達成したかったし、これ以上アリシアとバートに話をさせたくないというのもある。
「ああ、いいですよ。どうぞ」
バートはとくに気を悪くしたようすはない。三人は席を立ち花壇へ向かった。
(リリアンは、まだ生きてるんだよな……?)
枯れかけたユリオネはほかの活きのよい花々にくらべてずいぶんと浮いて見える。
『フィース、早く触れて。リリアンはまだユリオネに宿ったままだから』
耳もとでアドニスの声が聞こえた。姿は見えないが、きっとすぐそばで耳打ちしているのだろう。
(妖精が、宿る花を変えるのは――よく考えるとそう容易いことじゃないな)
触れなければ乗り移れないというのは、自由に動きまわることができない植物間では難しいことだ。ユリオネとほかの花は少しも触れ合っていない。ほかに宿れそうな花が目の前にあるというのに手が届かないのは、さぞもどかしいだろう。
フィースはチラリとななめ横を見やった。アリシアはバートと楽しそうに会話を弾ませている。
(俺がリリアンを救い出すのに集中できるよう、気を遣ってるんだろうけど……)
すぐとなりにいるのに、触れられない。その歯がゆい気持ちは痛いほどわかる。意味合いは、異なるが。
『フィース? どうしたの』
フィースはハッとして目を見ひらいた。それから、小さくコクンとうなずき身をかがめる。
花の匂いを嗅ぐふりをしてひざを折り、ゆっくりとユリオネに手を伸ばす。
手で軽くトンッと、白い花びらに触れた。
――なにかが、吹き抜けたような気がした。
フィースの銀髪が、風もなくフワリと揺れる。
(リリアンは……俺に宿った……のか?)
これといって体に変化はないように思える。
よくわからないまま立ち上がると、突如として目の前に萌黄色の小さなクマが現れた。
「……っ!!」
つい大声を上げそうになったが、なんとかこらえた。
萌黄色の小さなクマには蝶の羽が生えている。ああ、こいつが――。
『フィース、ありがとう! リリアンはまだ弱っているから姿を現せないけど、きみのなかに宿って精気を養えばいずれ会えるから! あぁ、本当によかった……。あっ、アリシアにも教えなくちゃ』
アドニスは目の前にいるが、彼の声は耳からではなく頭のなかに直接、響いた。
小さな羽をバタつかせてアドニスはアリシアの前へ移動する。彼女にも、リリアンの無事を伝えているようだった。
アリシアがフィースを振り返る。
「フィース……!」
愛らしい顔で、満面の笑みで見つめられると、不埒な衝動に駆られてしまう。
「……うん」
感情を押し殺し、うなるように返事をした。それから――。
合わぬ土地に無理やり連れてこられて枯れかけている、不憫な花を見おろした。
無事にリリアンを救出することができたアリシアたちは、夜に開催される舞踏会までのあいだ昨日と同じ貴賓室で休憩することになった。
「ああ、それにしても本当によかった……! ねえ、フィース」
アリシアはカウチの真ん中に腰掛け、侍女が淹れてくれた熱い紅茶を一口すすってから言った。
「……ああ」
ななめ前のカウチに座っているフィースはなぜかいまだに浮かない顔だ。やはり、不機嫌そうに見える。
(……どうしたんだろう。やっぱり、私に怒ってる……?)
いったいなにが彼を不機嫌にしているのだろうと考え込んでいると、
『いやぁ~っ、みんなありがとう! 僕の恋人を取り戻してくれて!』
いつものように喜びを体で表現しながらアドニスがローテーブルの上方に現れた。アリシアとフィースの視線が彼に集中し、自然とふたりは見つめ合うかたちになる。
「あ……。え、と……。フィースも、アドニスが見えるようになったのね?」
アリシアが尋ねると、フィースは先ほどと同じように「ああ」とだけ答えた。
(う……。そっけない)
アリシアは目のやり場に困った。苦しまぎれに、喜びの舞を披露しているアドニスを見つめてみる。
『私はアドニスの恋人なんかじゃないわ!』
「――!?」
突如、アドニスのかたわらに現れたのは白に近い金色の髪をした可憐な少女――妖精リリアンだった。
『リリアン! 元気になったんだね! よかったぁぁ……』
アドニスがリリアンにフヨフヨと近寄る。しかし彼女のほうは、どう見ても再会を喜んで感動しているふうではなかった。
『助けてもらったことは感謝してるわ。ありがとう。でも、あなたの恋人になった覚えはない!』
ヒトより小さいながらもリリアンは迫力がある。お調子者のアドニスも、さすがにショックを受けているようだった。
アドニスはうなだれてしばし沈黙したあと、フィースのもとへ飛ぶ。
『フィース! アリシアと結婚して! じゃなきゃリリアンと一緒にいられないっ』
「けっ……こん!?」
そう言って驚いたのはアリシアだ。フィースはなにも答えず、翡翠色の目を細めただけだった。
「……いや、どうであれ目的は果たせたんだから……。アリシアに憑くのはやめて大人しく花に宿ってくれ」
『えぇぇ~っ……』
フィースの返答に落胆したのはアドニスだけではなかった。
(……私、なんで落ち込んでるんだろう)