いたずらな花蜜 ~妖精がつなぐ未発達な恋心~ 《 第六章 01

 ある日の真夜中。アリシアはなかなか寝付けずにいた。
 ゴロンと寝返りを打つ。ふと頭のなかに浮かんだのは、決闘に勝利したフィースの勇姿だ。
 汗のにじんだ精悍な顔つきは幼いころから知っている彼とは別人のようで、また勝利してもなお、どこか険しい表情のままだったからか、近寄りがたかった。
(それに……フィースったら、すごく人気者だった)
 決闘当日、彼が控え室から出てくるなりまず黄色い声が上がった。見事勝利すると、貴族のうら若い令嬢たちから祝いの花束を山ほどもらっていた。令嬢たちに囲まれたフィースにアリシアは少しも近づくことができなかった。
 彼は、こちらには終始目もくれなかった――。
(私……いやな人間だわ。フィースがみんなに人気があるのを、素直に喜べない)
 アリシアはうつ伏せになり、枕に顔を押し付けた。
(ひとりじめ、したい)
 目を閉じて思い起こすのは、ブロッサム国での夜のこと。
 体を貫かれ、初めこそ痛みがあったが、あとのほうはつながっていることに悦びを得ていた。あのときあの瞬間、彼の瞳に映っていたのは自分だけだ。
 しかし妖精がいなくなってしまったいま、フィースとそういうことをする理由がない――。
 アリシアはそっと、おそるおそる自身のふくらみに右手を伸ばした。ネグリジェの上から、敏感なところに触れる。
(フィース……)
 彼を想いながら、また、どんなふうにそこに触れられていたか記憶をたどり再現する。
 しだいに、ネグリジェの上からするのでは物足りなくなってきてしまった。
 アリシアは目を開け、薄暗い室内をぐるりと見まわしたあとでネグリジェとシュミーズのなかへ手を忍ばせた。ゴソゴソと動かしてふくらみの先端を目指す。
「ん……っ」
 乳頭に触れているのは自分の指だというのに――こんなふうに、洗う目的以外でさわるのは初めてなので――にわかに脈が速くなる。
「は、ぅ……」
 もじもじと脚を動かし体をくねらせる。下半身の秘所にも刺激が欲しくなってきてしまう。アリシアは空いているほうの手をドロワーズのなかへ潜り込ませ、たどたどしく秘芯に触れた。
 小さな豆粒を上下にこすり立てながら彼の顔を想起する。
「フィース……ッ。ん、ぅっ……」
 名を呼ぶのはためらわれたが、そうせずにはいられなかった。
 彼が恋しくて、触れて欲しくて――触れたくてたまらない。
「ンンッ、ふ――……」
 ビクッ、ビクンと下半身が打ち震えて脈動する。
(……私、は)
 人知れず達したというのに、とてつもない羞恥心に見舞われた。そして、彼への想いが確固たるものだと自覚した。


 ひとり寂しく自分自身を慰めた翌日もアリシアは浮かない表情だった。
 たとえようのない罪悪感が頭のなかを占めている。
 なんとなくだが、はしたないことをしてしまったのではないかと自責の念に駆られていた。
「――さま、姫様」
「はっ……い!」
 呼びかけられ、アリシアは頓狂な声で返事をした。
「あ、ご、ごめんなさい……。ぼうっとしてて」
「ふふ、よろしいですよ。でも、少し腕を上げていただけると助かります」
「ええ……」
 両腕を上げてバンザイをする。アリシアはいまドレスの採寸のさなかだった。来月催される予定の、国王と王妃の結婚記念祝賀会で着用するドレスをデザイナーのルーシーに見立ててもらっている。
 結婚記念祝賀会といっても、特に節目の年というわけではなく、毎年行われている年中行事のひとつだ。
「どうなさったんですか? ため息がたくさん出ていますよ」
「えっ!? や、やだ……。気づいてなかった」
「もしかして、恋わずらいですか?」
「……っ!?」
 目を見ひらいてルーシーを凝視する。なぜわかったのだろう。
「あらっ、図星ですか? それじゃあ、今度のドレスは恋する乙女をテーマにしようかしら。……はい、よろしいですよ」
 ルーシーが巻き尺を仕舞うと、数人の侍女がアリシアにドレスを着せた。
(そういえば……)
 ルーシーはフィースの従姉だ。フィースの母親であるクレアの妹アビーの娘なのだ。
 あれこれとぐちぐち悩んでいても始まらない。まずはフィースの身辺調査をしてみよう。
「ねえ、ルーシー。フィースに、その……好きなひとがいるかどうか知ってる? もしくは、婚約者とか」
 ドレスを着てソファに腰掛けたあとでアリシアはルーシーに尋ねた。ななめ前のソファに座り小ぶりのキャンパスを構えていたルーシーがぷっと吹き出す。
「えっ! どうして笑うの!?」
「い、いえ……ごめんなさい。姫様があんまりにも可愛らしいので、つい」
 金色の短い髪の毛を揺らしながらルーシーはクスクスと笑っている。
「ええと、要するに……姫様はフィースの気を引きたいわけですね?」
 ルーシーはやけにしたり顔だ。
「えっと……。うん、そうね。そういうことだと思う」
 アリシアはあごに手を当て、ひとごとのように答えた。
 ルーシーの顔がにいっといっそうほころぶ。まるでいたずらを思いついたおてんばな少女のように。
「では、良案があります。私にお任せください! いいですか――」
 ルーシーはソファから立ち上がりアリシアのとなりに腰をおろし、彼女に耳打ちをした。
 アリシアの頬は、みるみるうちに朱に染まっていった。


 フィースの従姉ルーシーから良案なるものを聞いた日の夜。アリシアは彼女とともにアッカーソン侯爵邸にいた。
 両親やルアンドには、ルーシーと一緒にアッカーソン侯爵邸で一晩を過ごすと言って外泊の許可を得てきた。
(……嘘はついてないわ、一応)
 ナイトドレス姿でフィースの寝室の前に立ったアリシアはドクドクと心臓を高鳴らせていた。
「それじゃ、姫様。頑張ってくださいね」

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