ルーシーは小さな声で言い、アリシアの肩を軽くポンッと押した。
彼女のほうを振り向きコクコクとうなずき、ふたたび顔を扉に向けて控えめにノックをする。
「――はい。どうぞ」
なかからすぐに返事が聞こえた。手を振りながら忍び足で去っていくルーシーを見送ったあとで、ゆっくりとドアノブをまわした。
「こ、こんばんは……」
執務机でなにやら書き物をしていたフィースだが、アリシアが部屋のなかへ入るなりバッと勢いよく顔を上げて目を丸くした。
「アリシア……!?」
急な訪問に驚いているらしく、フィースはガタッと大きな音を響かせて椅子から立ち上がった。
「え、と……。急に訪ねてきてしまってごめんなさい。……少し、いいかしら」
アリシアが言うと、フィースは視線をさまよわせてポリポリと頬をかいた。
「俺は、いいけど。きみは大丈夫なのか?」
「お父様にもお母様にも、ルアンドにもちゃんと言って来たわ。嘘は、ついてない」
「……そう。待ってて、いま茶の準備を――」
「ううん、いいの。それより……あっちに」
彼の白い上着の裾をつまんで引っ張り、ベッドへ向かわせた。フィースはあからさまにうろたえている。
(まずはベッドに誘って、それから……)
このときのアリシアはルーシーから授けられた作戦をしくじらずに遂行することしか頭になかった。
非力なアリシアの指にいざなわれ、フィースはなす術なくベッドに背中から倒れ込む。
「――っ!! ……アリシア?」
なんとか彼の上にまたがったアリシアはナイトドレスの胸もとの紐を静かにほどいた。
ドレスの下にコルセットは身につけていなかった。髪の毛と同じ色のレース生地が体のラインに沿って秘所を覆っている。覆ってはいるものの、そこは透けているのであまり下着としての意味は成していない。
なんでも、勝負下着という代物で、男性を誘惑することを目的としてデザインされている。下着本来の役目は二の次なのだという。
彼の視線が体に――特に胸もとに集中している。
「フィース……あの」
恥ずかしさで頭のなかが真っ白になってしまう。
(……っ、ええと。次は……どう言うんだったかしら)
すうっと息を吸い込み、必死に思い出したフレーズを一息に言う。
『騎士団長就任のお祝いに私をもらってほしいの』
――しまった。声の調子が平坦で、これではあまりにもわざとらしい。
その証拠にフィースはいまだかつて見たこともないような怪訝な顔をしている。
「いったい誰の入れ知恵だ?」
「えっ……?」
しかめっ面で訊かれ、違う意味の羞恥にも見舞われる。せっかくルーシーがこと細かにアドバイスしてくれたのに、誘惑に失敗してしまったのか、と。
「い、入れ知恵なんて……誰にもされてないわ」
私の提案だというのはくれぐれもご内密に、とルーシーに口止めされているので、本当のことは言えない。
「私が、私の意思で……してることよ」
「……ふうん」
フィースの眉間のシワがいっそう深くなった。言動を疑われているのは明白だ。
彼の腕がふくらみへ伸びてくる。両腕をベッドの上について自身を支えているので、フィースの指が乳輪をつんっとつつくのをただ見ているしかなかった。
「っ、ん」
指が乳輪をフニフニとかたどる。ひどく緩慢に、ぐるぐると円を描かれている。レース生地の隙間から彼の指がところどころじかに触れるのがたまらなかった。
「ぁ、うっ」
どちらのいただきも直接は触れられていないというのに、乳房の先端がふたつともムクムクと勃ち上がり凝り固まった。
「……言うんだ、アリシア」
責めの言葉とともにじれったい指遣いがなおも続く。フィースは乳輪に触れていないほうの指でアリシアの唇をたどった。乳輪にするのと同じように、上唇と下唇を撫でまわしている。両腕がガクガクと震えてくる。
「い、言えない、よ……!」
彼の指を口に含んでしまいそうになりながらもなんとか告げた。フィースの口もとがわずかにほころぶ。
「ま、いいけど……。どうせルーシーあたりだろ」
――ああ、必死に耐えていたというのに。結局彼はお見通しなのではないか。そう思うと無性に泣きたくなった。意地悪をされているだけなのだ。
「わた、し……本気なの」
両ひじを折り、フィースに顔を寄せる。
「……あなたが、好き。アドニスにイタズラなんてされてなくても、あなたを想うだけでいてもたってもいられなくなる」
アリシアは哀願する。
「私だけを、見ていてほしい……!」
フィースの表情には変化がなかった。呆然としているようにも見受けられる。
沈黙の時が経過するにつれ、心臓がドクドクと脈動を増して暴れ出す。翡翠色の瞳を見つめているのが辛くなってくる――。
「俺にはもうずっときみしか見えてない」
ポツリと言われ、その言葉を頭できちんと理解するのには少し時間がかかった。そのあいだに彼の腕が後頭部にまわり込む。ぐっ、と力強く引き寄せられる。
「――愛してる、アリシア」
唇同士が触れてしまいそうな位置でつむがれた言葉は頭のなかにすんなりと入っていった。
まばたきをするのと同時に唇が重なる。触れた唇は熱を帯びていた。いったいどちらの唇が熱いのかわからない。ふたりともなのかもしれない。
「ふ……っ」
息遣いが荒くなってくる。身も心も興奮して湧き立っている。
唇をついばまれるたび、食み返すたびに彼への想いがふくれあがり、それを告げずにはいられなくなる。
「ずっと、フィースと一緒にいたい」
ほんの少しだけ唇を離してから言った。フィースがアリシアの頬を撫でる。
「ん……。もう少しだから……待ってて、アリシア」
頭と背を抱き寄せられた。彼といっそう密着する。
「きみが恋しくてたまらなかった」
ひとりごとのような、小さなささやき声だった。求められていることの嬉しさで胸の内がきゅうっと切なくなる。
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彼女のほうを振り向きコクコクとうなずき、ふたたび顔を扉に向けて控えめにノックをする。
「――はい。どうぞ」
なかからすぐに返事が聞こえた。手を振りながら忍び足で去っていくルーシーを見送ったあとで、ゆっくりとドアノブをまわした。
「こ、こんばんは……」
執務机でなにやら書き物をしていたフィースだが、アリシアが部屋のなかへ入るなりバッと勢いよく顔を上げて目を丸くした。
「アリシア……!?」
急な訪問に驚いているらしく、フィースはガタッと大きな音を響かせて椅子から立ち上がった。
「え、と……。急に訪ねてきてしまってごめんなさい。……少し、いいかしら」
アリシアが言うと、フィースは視線をさまよわせてポリポリと頬をかいた。
「俺は、いいけど。きみは大丈夫なのか?」
「お父様にもお母様にも、ルアンドにもちゃんと言って来たわ。嘘は、ついてない」
「……そう。待ってて、いま茶の準備を――」
「ううん、いいの。それより……あっちに」
彼の白い上着の裾をつまんで引っ張り、ベッドへ向かわせた。フィースはあからさまにうろたえている。
(まずはベッドに誘って、それから……)
このときのアリシアはルーシーから授けられた作戦をしくじらずに遂行することしか頭になかった。
非力なアリシアの指にいざなわれ、フィースはなす術なくベッドに背中から倒れ込む。
「――っ!! ……アリシア?」
なんとか彼の上にまたがったアリシアはナイトドレスの胸もとの紐を静かにほどいた。
ドレスの下にコルセットは身につけていなかった。髪の毛と同じ色のレース生地が体のラインに沿って秘所を覆っている。覆ってはいるものの、そこは透けているのであまり下着としての意味は成していない。
なんでも、勝負下着という代物で、男性を誘惑することを目的としてデザインされている。下着本来の役目は二の次なのだという。
彼の視線が体に――特に胸もとに集中している。
「フィース……あの」
恥ずかしさで頭のなかが真っ白になってしまう。
(……っ、ええと。次は……どう言うんだったかしら)
すうっと息を吸い込み、必死に思い出したフレーズを一息に言う。
『騎士団長就任のお祝いに私をもらってほしいの』
――しまった。声の調子が平坦で、これではあまりにもわざとらしい。
その証拠にフィースはいまだかつて見たこともないような怪訝な顔をしている。
「いったい誰の入れ知恵だ?」
「えっ……?」
しかめっ面で訊かれ、違う意味の羞恥にも見舞われる。せっかくルーシーがこと細かにアドバイスしてくれたのに、誘惑に失敗してしまったのか、と。
「い、入れ知恵なんて……誰にもされてないわ」
私の提案だというのはくれぐれもご内密に、とルーシーに口止めされているので、本当のことは言えない。
「私が、私の意思で……してることよ」
「……ふうん」
フィースの眉間のシワがいっそう深くなった。言動を疑われているのは明白だ。
彼の腕がふくらみへ伸びてくる。両腕をベッドの上について自身を支えているので、フィースの指が乳輪をつんっとつつくのをただ見ているしかなかった。
「っ、ん」
指が乳輪をフニフニとかたどる。ひどく緩慢に、ぐるぐると円を描かれている。レース生地の隙間から彼の指がところどころじかに触れるのがたまらなかった。
「ぁ、うっ」
どちらのいただきも直接は触れられていないというのに、乳房の先端がふたつともムクムクと勃ち上がり凝り固まった。
「……言うんだ、アリシア」
責めの言葉とともにじれったい指遣いがなおも続く。フィースは乳輪に触れていないほうの指でアリシアの唇をたどった。乳輪にするのと同じように、上唇と下唇を撫でまわしている。両腕がガクガクと震えてくる。
「い、言えない、よ……!」
彼の指を口に含んでしまいそうになりながらもなんとか告げた。フィースの口もとがわずかにほころぶ。
「ま、いいけど……。どうせルーシーあたりだろ」
――ああ、必死に耐えていたというのに。結局彼はお見通しなのではないか。そう思うと無性に泣きたくなった。意地悪をされているだけなのだ。
「わた、し……本気なの」
両ひじを折り、フィースに顔を寄せる。
「……あなたが、好き。アドニスにイタズラなんてされてなくても、あなたを想うだけでいてもたってもいられなくなる」
アリシアは哀願する。
「私だけを、見ていてほしい……!」
フィースの表情には変化がなかった。呆然としているようにも見受けられる。
沈黙の時が経過するにつれ、心臓がドクドクと脈動を増して暴れ出す。翡翠色の瞳を見つめているのが辛くなってくる――。
「俺にはもうずっときみしか見えてない」
ポツリと言われ、その言葉を頭できちんと理解するのには少し時間がかかった。そのあいだに彼の腕が後頭部にまわり込む。ぐっ、と力強く引き寄せられる。
「――愛してる、アリシア」
唇同士が触れてしまいそうな位置でつむがれた言葉は頭のなかにすんなりと入っていった。
まばたきをするのと同時に唇が重なる。触れた唇は熱を帯びていた。いったいどちらの唇が熱いのかわからない。ふたりともなのかもしれない。
「ふ……っ」
息遣いが荒くなってくる。身も心も興奮して湧き立っている。
唇をついばまれるたび、食み返すたびに彼への想いがふくれあがり、それを告げずにはいられなくなる。
「ずっと、フィースと一緒にいたい」
ほんの少しだけ唇を離してから言った。フィースがアリシアの頬を撫でる。
「ん……。もう少しだから……待ってて、アリシア」
頭と背を抱き寄せられた。彼といっそう密着する。
「きみが恋しくてたまらなかった」
ひとりごとのような、小さなささやき声だった。求められていることの嬉しさで胸の内がきゅうっと切なくなる。