たなぼた王子の恋わずらい 《 03

 少女の名はカトリオーナ。カトリオーナ・マイアー、トランバーズ伯爵令嬢。兄の妻リルの姪だ。
 兄夫妻の結婚式は屋敷に隣接した東屋で執り行われた。予想していた通りこぢんまりとしたものだったが、森の花々にあふれた和やかな挙式だった。
 式のあいだじゅう、アーウェルはカトリオーナに夢中だった。気がつけば彼女を目で追っている。なかなか隣り合う機会がなく、話しかけることができない。

(仲良くなりたい……が)

 熱視線を送っているつもりだが、いっこうに目が合わないのだ。かといって、兄のように誰にでも気さくに話しかけることができる性分ではない。
 挙式は滞りなく、和やかに進んでいく。アーウェルにはそれは酷な仕打ちだった。
 アーウェルはとうとう、カトリオーナと言葉を交わすことなくルアンブル国に帰ることになったのだった。


 兄の結婚式を終えて帰国したアーウェルは頭を抱えた。
 仕事が、まったく手につかないのだ。
 なにをしていてもカトリオーナのことが頭に浮かぶ。いま彼女はなにをしているのだろう、なにを想っているのだろうと、考えてもまったくわからなかった。
(当たり前だ。俺は彼女のことを名と容姿しか知らない)
 だから知りたい。そう切望してしまう。彼女の性格を、趣味を、笑顔を、そして――淫らな姿を。

「――殿下。アーウェル殿下」

 名を呼ばれ、ハッとして顔を上げる。

「あ、ああ……。なんだ?」
「ですから、来月の祝賀会の件です。招待客リストのチェックは終わりましたでしょうか」

 壮年の侍従に言われ、アーウェルは「ああ」と気のない返事をして執務机の引き出しを開け、祝賀会の招待客リストを取り出し目を通した。来月はルアンブルの建国50周年。それを記念した祝賀会だ。
 招待客のリストには隣国の王侯貴族の名も連なっていた。ふと、リストの中にマイアー公爵の名を見つけた。

「――これだ!」
「……はい?」

 侍従はいぶかしげな顔をしている。

「隣国のマイアー公爵子息であるトランバーズ伯爵とその妻子も招待する」
「かしこまりました。……オーガスタス殿下はいかがなさいますか? ご招待なされませんか」
「兄上は呼ばずともよい。医者だからな、患者をほっぽり出してあちらを空けるわけにはいかないだろう。またいずれ俺が森を訪ねるさ」
「左様でございますか」

 二人の王子を長年見守ってきた侍従はアーウェルから招待客リストを受け取り、そしてわずかに口の端を上げた。
 執務室から出て行く侍従を見送り、アーウェルは椅子の背に体を預けて天井を仰いだ。

(彼女は来てくれるだろうか)

 兄のおかげでマイアー公爵家とは親類関係になった。隣国とはいえ50周年ともなれば希少で記念すべき祭典だ。

「………」

 アーウェルはパッと身を起こし、机の隅に置いていた便せんとそれから羽根ペンを握った。
 トランバーズ伯爵宛てに手紙をしたためる。家族そろっての参加を念押しする内容だ。

「侍従! ここへ参れ」

 不安と期待の入り混じった声音で、アーウェルは侍従を呼んだ。

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